※5000hit記念企画。
※若干の暴力表現有り。若干ね。
※モブいっぱい。


陽の光が照らすもの


タチ高はタチが悪い。
カツアゲ、暴行、詐欺、強姦未遂。
若気の至りの一言では片付けられないほどに、年々それは悪化の一途を辿っている。
そして、タチ高の最もタチが悪い点、
それは何と言ってもその人数の多さであるとは言えないだろうか。


「キリ!」
「かい、ちょう……、すみませ……」


横たわるキリに駆け寄ることも叶わず、椿は後ろから羽交い締めにされ、身動きを封じられてしまった。
そもそも何故このような状況に陥ってしまったのか。
それは何度目になるか分からない、開盟学園の生徒を巻き込んだタチ高の悪質ないたずらのせいだった。


「またカツアゲ、強姦未遂か……」


報告を受けるや否や、短気のため、非常に脆くなっている椿の堪忍袋の緒は呆気なく切れた。
直ぐに自分を慕う後輩であり、生徒会の仲間であり、大切な恋人でもあるキリと共に情報収集を行い、タチ高の新たなたまり場を突き止め、ふたりでその退治に向かったのだ。
場所は市街地から離れた場所にあるホテル。正しくは元、ホテルだ。
数年前、経営難の末に栄華を手放す結果となり、今は誰も利用することのなくなった侘しい瓦礫の城。
傾いた看板、剥き出しの鉄筋、穴だらけの壁。
10階まであったはずの客室は吹き抜けており、抜け落ちた瓦礫やコンクリートの壁が重なり、陽の光を遮っている。
よくもまあ次から次へとアンダーグラウンドな世界を見つけるものだと、その行動力、協調性を何故社会の役に立てようとはしないのかと、椿は廃ホテルに踏み入った瞬間、心労によるため息を深く吐いた。
そして吸い込んだ空気の余りの汚さにも憤り、眉をひそめた。

建物内を見渡した。
あちこちに放置された瓦礫に不良達は腰掛け、煙草を吸い、麻雀をし、更には喧嘩をしている者までいる。瓦礫の城は無法地帯だ。


「あ?何だテメーら?つーか何の用?」


椿とキリに気づいたリーダー格の男が声を出すと、一斉に不良達がふたりを睨んだ。
椿とキリは身構える。
そして臆することなく椿は口を開いた。


「……貴様らは懲りもせず、悪さを繰り返しているらしいな」
「悪さ?何の事だかさっぱりだな。俺達は自分の欲望に正直に生きているだけだ」
「貴様ァ……」
「それの何が悪ぃんだ?意味わかんねーな。つかお前らよ、その顔使って女のひとりでも連れてきてくんねーか?溜まっちまってて爆発しそうなんだわ」


男が噛んでいるガムの粘着質な音と、下卑た笑い声が響く。
余りに下品なその状況に、椿の額にはくっきりと青筋が浮かんだ。


「この愚か者共!僕達がその腐った性根を叩き直してやる!覚悟しろ!」


短気な椿だ。またも堪忍袋の緒は簡単に切れ、その勢いからタンカも切る。
すると奥からはゾロゾロと不良が現れ始め、あっという間に囲まれてしまった。
見渡す限り20人はいる。それぞれ手にはバット、角材、鉄パイプが握られており、余り優勢とは言えない。
椿とキリは背中を合わせ、前を見据えてそれぞれ隙のない構えを見せた。


「会長」


背中にかかる声。
何か強い決意を感じる声色に、椿は耳を傾ける。


「何だ?」
「貴方は俺が守ります」
「……自分の事くらい自分で守れる」
「それでも、俺は、貴方を全力でサポート致します」
「……好きにしろ」
「何ぶつぶつ言ってんだぁ?怖じけづいたか?あん?」
「黙れ!この愚か者共!」

「やっちまえ!」


リーダー格の男の声に、不良達は一気にふたりに襲い掛かった。
キリは手裏剣を飛ばして椿に向かう不良を威嚇し、怯んだ隙に椿が武器を避けながら拳を急所にいれていく。
元々戦闘能力の高いふたりだ。
軽い傷はつけられたものの、しばらくすると20人はいたはずの不良達は瓦礫に横たわり、うめき声をあげていた。
廃ホテルには椿とキリの乱れた呼吸が響く。
リーダー格の男は瓦礫にもたれ掛かってガムを下品に噛んだまま、ふたりを睨みつけていた。


「テメーら何モンだ?」
「貴様に名乗る筋合いなどない」
「お高いこって。下マツゲちゃんよぉ」
「減らず口もここまでだ。覚悟しろ!」


椿はキリと共に男へ歩み寄り、左手を力強く握りしめた。
その瞬間だった。


「っ会長!」


しゅっと、何かが空気を割き、椿の右側に触れそうになった。


「え……?」


椿が意識するより早く、キリはくないを手にし、飛んできた固形物を真っ二つに切り裂く。
だが金属同士がぶつかる音に混ざり、日常生活では余り聞くことのない鈍くはじけた音までもが響き、
キリは叫び声をあげてうつ伏せに倒れてしまった。


「ぅあっ……!」
「キリ!?」


キリの体は不規則に痙攣し、苦しそうに顔を歪めている。
刹那の出来事。
椿は呆気にとられてしまったが、直ぐにハッと我に返り、切り裂かれた固形物を見やった。
そして絶句した。


「……っ」
「ははあー!バチバチって、すげぇ音だったな。痛そうだなー、銀髪ちゃんよぉ!」
「てめぇ……、何て、もんを、会長に……」


椿に向かって投げつけられたのはスタンガンだった。
瓦礫の死角となる場所に、他にも仲間が潜んでいたのだ。
横たわっていた不良達も徐々に体力を取り戻し始め、ふたりに襲い掛かる。
椿は羽交い締めに、キリはそのまま後ろ手に押さえ付けられ、身動きが取れなくなってしまった。


「卑怯者め……」
「はっ、どこが。投げますよっつって投げるやつなんかいねーだろ」
「貴様……!」
「さーて。どうしようか。いい眺めだなぁ、オイ」


男は抵抗出来ない椿の頬に指を這わせ、その柔らかさに高揚した。
そのまま顎へ指を滑らせ、輪郭を撫でる。
全身を駆け巡った嫌悪感に、椿は男を睨みつけたまま顔を勢い良く背け、男の手を振り払った。


「気安く触るな」
「つか、お前よく見ると俺の前の女にそっくりだわ」
「黙れ」
「そうだ。どうせ似てんだからついでにちょっとヤらせてくんねーか?俺めっちゃ溜まってんだよ」
「黙れと言っている!」
「俺ぶっちゃけアナルセックスのが締まりがいいから好きなんだよ。折角ベッドも残ってんだ。今から楽しくセックスしよーぜ?」
「ふざけるな!誰が貴様なんかと!」
「会長に、触んじゃねぇ……!」


男の勝手な言い分に椿は激昂し、眉間のしわを濃いものにする。
キリは言葉を紡ぐだけで、少しも動かすことの出来ない自身の体に嘆き、ふがいなさに唇を噛み締めた。


「……つーかテメーは何でそんなぺちゃくちゃ喋っちゃってんの?あのスタンガン改造してっから大概の奴は気絶すんだけどなぁ。何で?おかしくね?」
「会長を離せ……!」
「……オイ、誰かソイツ喋れないようにしろ。気が散る」


男の声に不良達がキリへ詰め寄る。
それぞれが手に物騒な凶器を握りしめており、そのまがまがしさに椿は冷や汗をかいた。


「止めろ!キリに手を出すな!」
「だぁーかぁーらぁー、ハイ分かりましたなんて言うとでも思ってんのか?お前」
「……っしてやる」
「あ?」
「貴様とっ……、セックスでも何でもしてやる……!だから、キリには手を出すな!」
「……ほう」
「か、い……ちょう……?」


男は椿の申し出をガムと共に咀嚼した後、勢いよくガムを吐き捨てて不敵な笑みを浮かべた。


「二言はねぇな?」
「……ああ。貴様とセックスしてやる。だからキリには手を出すな。指一本触れることも許さない」
「……会長、そんな、お止め下さい!」
「上等じゃねーか。オイ、ソイツ離せ。どうせスタンガンで動けやしねぇ」
「会長……!お願いします!止めて下さい!」
「んで、テメーはこっち」
「ああ」
「会長!」


キリは自由の利かない痛みの中、ひたすらに懇願した。
椿は自分を庇うために、その身を呈すると言うのだ。
守るべき主君であり、愛する恋人でもある大切な人が、自分の落ち度のために犯されてしまうなんて堪えられない。
混在する悔しさと悲しみ。胸中に渦巻くそれらは体を解放されても消え去ることはなく、むしろ自分を拘束していた不良達と椿が側から離れていくことで、より一層濃いものとなった。


「……っ会長!会長!お止め下さい!会長!」


キリは必死に椿を呼んだ。
心がギリギリと締め付けられ、目頭が熱くなる。
けれど、体は少しも動かない。
言うことを少しも聞いてくれない体に、更には椿にさえ、キリは絶望に似た焦燥感を覚えた。

すると、椿がキリへと振り返った。
キリを映している瞳にはひとひらの陰りさえ見られない。
椿の真っ直ぐな心をそのまま反映している、遮られた陽の光を思わせる輝きが、キリをそっと照らしていた。


「キリ」
「かいちょ……」
「君が常々、僕を守ってくれているように、僕だって君を守りたいと思っているんだ……」
「しかし……!」
「君はその身をもって、僕をこいつらから、……スタンガンから守ってくれた。だから今度は僕の番だ」
「……っ……」
「今度は、僕が……っ」

「僕が君を守る」


瞳にしたたかさを映したまま、椿はキリから目を逸らした。


「……会長ォっ―――!!」


叫んだ。ひたすらに。キリは涙を浮かべて椿を呼んだ。
守ることが出来ない。大切な人が目の前で傷付けられてしまう。
キリは未だ痙攣を続ける体を恨み、憎み、引き止めることの出来なかった右手と唇を弱々しく結んだ。

静かに遠ざかっていく背中。
自分を光の中へと導いてくれたそれに、今はゆっくりと、真っ暗な影が落ちていく。











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