そよ風がなびく。頬を掠めて、溶けていく。
そのか細い風音さえも聞こえてきてしまいそうな沈黙の中、僕は俯き、静かに涙を流すばかり。

言ってしまった。
キリを前にしたら、さよならなんて、嘘でも言えなくて。
キリの心の内を知りながら、僕はその優しさに付け込んで、キリを繋ぎ止めようとずるいことをしてしまった。


「……別れたくないなんて、俺にはもったいないお言葉。嬉しい限りです……。しかし、申し訳ないのですが、会長……」


だけど、キリの言葉には優しさと否定が混在した。
それはキリの決意がそよ風に流されてしまう僕のそれとは違って、とても固いものであることを示している。
きっと僕がキリを想うように、キリも鬼塚を愛しているのだろう。
つらい。かなしい。さみしい。いたい。いたいよ、キリ。
涙が止まることなく溢れて、僕の心の傷にじんわりしみる。
訪れてしまった決別。受け入れなければいけない現実。キリの揺るがない、鬼塚への愛情。
言わなければならない言葉。


(…………さよなら……)


僕は泉に沈めた言葉を掬い上げた。
そしてそれを、舌にそっと貼り付けて、息を吸う。


「キリ……」
「……意味が、分からないです……」
「……え…………?」


しかし、僕が言葉を紡ごうとしたその瞬間、
同じタイミングで聞こえたのは、どこまでも不思議そうなキリの声だった。
僕は思わず間の抜けた声を出してしまい、顔をあげてキリを見る。
キリの端正な顔にはいくつもの疑問符が浮かんでいて。


「……俺、気づかぬ内に、会長を不安にさせてしまいましたか?」


予想だにしないキリの言葉に、今度は僕にも疑問符が浮かんだ。
キリは一体何を言っているのだろうか。


「……不安も何も、キリは鬼塚を愛しているのだろう?」
「はっ……!?」
「昨日は、鬼塚とデートをして……。今日僕を誘ったのは、……っ僕に別れを告げるためだったんじゃないのか?」


疑問をありのままぶつける。
すると、僕の言葉を聞いたキリは驚いたように瞳を見開き、口を半開きにして唖然としていた。


「…………違いますよ?」


今度は僕の番だった。
キリの否定に思考が追いつかず、頭の中がちんぷんかんぷんになってしまう。


(……どういうこと?)


少しの間、お互いに疑問符を浮かべながら立ち尽くし、相手の言葉を咀嚼していた。
だけど僕の脳はすでに疲れきっているようで、正常に動いてくれようとはしない。
キリの行動と言動に矛盾が生じているのに、それを繋ぎ合わせる答えを見つけきれないのだ。
尚も迷う僕。しかしキリは対称的に、すべてを悟ったような顔をしていた。


「……会長、もしかして、会長のご心労の原因って、それですか?」


言葉には出さずに僕は頷いた。
するとキリは僕の涙の跡を優しく拭って、傷だらけの指先で僕の右手を握り、驚いた僕にそっと微笑みかけた。


「こちらへ」


僕の手を引いて、キリはベンチへ腰掛けるよう促した。
僕の左側にはキリの持っていたバックが置かれたままで。
キリはその向こう側に腰掛け、バックから荷物を取り出した。
現れたのは風呂敷で包まれた四角い箱のようなもの。
何だこれはと口を開こうとした瞬間だった。


(……あれ…………)


ふわっと、懐かしい香りが鼻先を掠めたのだ。
幼い頃の好奇心を掘り起こすような、暖かな香り。


「今日お誘いしたのは、これのためです」


風呂敷の結び目を解くと、少し小さめの重箱が露になった。
キリは慣れない手つきで蓋を開けていく。
そこには少し不格好で、手作りらしさが溢れているおかずが沢山詰め込まれていて、そのほとんどが僕の好物ばかりだった。


「……お弁当?」
「はい」
「……何故?」
「特に、これといった理由は無いのですが……。その、サプライズ……といいますか、……はい」
「これ、全部、キリが……?」
「……恥ずかしながら、その通りです」


キリは照れたように頬を染め、締まりのない微笑みを浮かべた。
全く想定外の出来事に、僕の脳は未だ潤滑さを取り戻せないでいる。
目の前に広がる光景が、抱え続けていた懸念から余りにも駆け離れ過ぎているのだ。


「え、でも、キリは、スケット団に……。しかも、何度も顔をしかめて、僕から視線を逸らしていたではないか」
「スケット団には、会長の好みを聞きに……。その際、会長は食にこだわる方だと小耳に挟んだものですから……緊張してしまいまして」
「そんな……」
「会長に満足していただける様、しばらくひとりで奮闘していたのですが……。料理は難しいですね。全く形になりませんでした……」
「……キリ……」
「それで仕方なく、鬼姫に料理の指導を受けたんです」


キリに言われて、鬼塚も料理が得意であったことを思い出した。
僕にとって料理といえば榛葉さんだったから、すっかり忘れてしまっていたけれど。
榛葉さんとキリは面識がないから、キリが料理に対して鬼塚を頼るのも、至極自然な流れであると言える。


「……それが、誤解を生んでしまったようですね」


すみません、と、キリは眉を下げて僕を見た。
キリが謝ることなど、何ひとつ無いのだけれど。
僕は胸が詰まってしまって、キリに言葉を返すことが出来なかった。

だって、キリが―――、


「俺が愛しているのは、会長ただおひとりだけですから」


そう言って、泣きたくなる程に、そっと優しく、微笑んだから。


(…………はんそく、だ……)


反則だ。こんなの。こんな、すべて。すべて僕のためだったなんて。
スケット団を選んだのも、指先の傷も、両手の火傷の跡も、鬼塚との約束も、今日という日も、すべて。
初めからすべて、キリが僕を想ってしてくれたこと、すべては僕への想いから生まれた、キリの愛情の表れだったなんて、そんなのずるい。反則すぎる。


「……は、は……」


極めて単純で優しい結末に、訪れたのは安堵。すっかり消えた心の痛み。
涙で揺らぐ視界に移るのは、先程とは180度違った景色と、キリの優しい優しい微笑みだけ。


「か、会長っ!?」


涙が次々と溢れ出した。
キリへの想いが、僕の胸をいっぱいに埋め尽くして、止まらない。


「…………好き、好き、キリ、好き、好きっ、好きっ……」
「あ……、ありがとうございます。…………て、照れます」
「ありがとっ……、ありがとう、キリ」
「……どう致しまして」


脳が心臓が全身が、キリを想って、キリを求めて。
溢れ出す気持ちが何も纏うことなくこぼれ落ちた。

キリは僕を愛してくれているのだ。
それはもう、一途なまでに。
優しい優しいキリは何も変わらずに優しいままで、僕を一心に愛してくれているのだ。
それがとても心地よくて、ただ嬉しくて、言葉に出来ないほどに愛しくて。

ねぇキリ、好きだ。好きだよ。好き。
さよならなんて、したくない。
僕もキリを、たったひとり、キリのことだけを愛しているんだ。
僕はキリの愛があれば、柔らかな浮遊感の中、いつまでだって浮かんでいられる。
キリが似合うと言ってくれた笑顔を、キリのためだけに見せることだって容易い。
だからお願い。これからもずっと傍に居て、僕を愛し続けていてくれないか。
僕の脳を、心臓を、全身を、キリの愛で満たして、ふわりと空に浮かべて欲しい。
悲しい涙の泉を枯渇させて、僕の肺まで潤すことが出来るのは、他でもない、キリの優しい愛情だけだから。


「……これ、食べていいのか?」
「もちろん!会長のためだけに作ったんですよ」
「そうか……。それでは、いただきます」
「召し上がれ」


僕は不格好なハンバーグを口に運んだ。
食べやすいように小さく作られていて、しっかり焼き目も味もついている。
味は至って普通のハンバーグ。
だけど、キリが僕のためだけにと、小さな傷を沢山付けて、痛みをこらえながら込めてくれた想いは、普通などでは決して無い。
満たされる。キリの愛情に、心がふわりと満たされていく。


「……っおいしい」


今日初めて、僕は心の底から笑うことが出来た。


「……良かった。やっぱり会長には、笑顔が似合いますね」


キリはそう言って、安堵したように頬を染め、優しい微笑みをそっと浮かべた。

そよ風がなびく。頬を掠めて、溶けていく。
僕はキリの左手をとって、傷だらけの指先に、そっと優しくキスをした。





fin





あまーーーーい!(古いね)
胸やけしそう!げふんげふん!
私服適当。椿ちゃんはあれ、藤崎家におじゃましたときの感じで。つか何でもいいや。

神○怪盗ジャ○ヌのワンシーンいただきました。
ちあきがまろんを抱っこするシーン。※うろ覚え

ちあき「まろんは軽いな。羽根がはえてるみたいだ」

大っっっっ好きなのよあのシーン(・ω・)
てゆーかジャン○好きだったんだよ。
せっ……世代バレる!(爆発)

まあ流石にそこまでは言わせらんなかったけど。
でもキリちゃんなら軽々しく椿ちゃんをヒョイッと持ち上げられそう。
そんで何食わぬ顔で会長好ーきとか言ってくれそうだなと。

てゆーか初めてキリ椿らしいもんが書けた気がする(爆発)





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