ノスタルジーの共有 ある日の昼下がり。 昼食を食べ終えた椿は、学校の図書室に足を運んでいた。 手には最近発売され、話題になった小説。 日々生まれる話を都度購入していては家の敷地が足りなくなってしまうため、度々椿は学校の図書室を利用していた。 「返却で」 「はい。あ、椿君。もう読んだの?どうだった?」 「あらゆる所に伏線が散りばめられていて、その回収が実に見事だった。僕は読みごたえのある作品だと思う」 「この人、来月また新刊でるみたいだよ」 「そうか。知らなかった。筆の早い作者なんだな。ありがとう。楽しみだ」 すっかり顔見知りとなった図書委員との軽い談笑も、今は当たり前の光景となっていた。 本を返却後は図書室内を巡り、羅列された本の背表紙を眺め、時には棚から抜き取って表紙をめくり、興味をそそられればまた借りていく。 それが椿の学園内でのささやかな楽しみでもあった。 そして今回も例に漏れずいつものように本棚を眺めていると、見慣れた文字の羅列が目に入った。 日本ではかつて偉人、伊能忠敬が自らの足で大地を回り、完成させたもの。 地理の授業では今でも大変お世話になっている。 椿はふと郷愁にかられ、無意識に地図を開いていた。 今は学業の傍らでしか目にすることはないけれど、童心に返って眺めていると、あの頃の気持ちが朧げにも蘇るから不思議だ。 (懐かしい……) 1番上の本棚には何が詰まっているのか分からず、背伸びをしても手に取れる本は限られていたあの頃。 自分の住む大地が薄く小さな紙面に記されていることに心は躍り、青いインクの海を越えると、自分の見たこともない国々が沢山散りばめられていて、胸を揺らした。 毎日毎日、飽きることも無く表紙を開いては、まだ見ぬ世界に興奮したものだ。 藤崎とその妹には地味だと揶揄されてしまったけれど。 「……会長?」 「ん?」 右側から控え目にかかった声に、椿は地図から顔をあげ、振り向いた。 そこにはキリが立っていて、椿と目を合わせた後、椿の手元を不思議そうに見つめた。 「ここにいると聞いたのですが……それは、地図ですか?」 「ああ。子供の頃、夢中になって眺めていたから、思わずな」 椿は地図を広げたままキリの問いに答えた。 「懐かしいな……。俺もガキの頃、よく見ましたよ。というか日本の土地は全て覚えさせられました」 「幼い頃からそれは凄いな。よし。」 キリの言葉に椿は地図を右手に乗せ、ゆっくりとした所作でページをめくった。 そして暗記用の、都道府県名が空欄になっている日本地図のページを広げて、適当な所を指さす。 「ここは何県だ?」 「和歌山ですね」 「うむ。次はここだ」 「熊本です」 「おお……。中々直ぐに答えられる者はいないぞ」 「恐縮です。じゃあ……俺からもいいですか?」 「臨むところだ」 キリは少し楽しげに地図を自分の左手に乗せ、椿がしたように適当な箇所を指さした。 「ここは?」 「そこは長野県だな」 「お見事です。では、ここは?」 「群馬県だ」 「流石ですね」 しばし小声でクイズ大会を楽しみ、微笑み合う。 「親と、同じことよくやりました」 「僕もだ。今のように正解は全く出来なかったが、たまの休みに父の膝の上に乗せられて、あれは中々楽しかった」 「俺の場合は親父と2人して正座してました。おふくろが審判で、お互い間違えたらでこぴんなんです。結構白熱しましたよ」 2人の思い出話に花が咲く。 しかし無情にも昼休み終了5分前を告げるチャイムが鳴ってしまった。 「もうこんな時間か。戻らないと」 「そうですね」 椿はキリから地図を受け取り、元あった場所へ戻す。 そして図書委員の生徒に労いの言葉をかけるのを忘れずに、図書室を後にした。 「まさかキリも地図を見ていたなんてな。楽しかったぞ」 「あと俺、図鑑とかも見てました。木に登ると色んな生き物を目にするので、本当に楽しかったです」 「なっ……本当か!」 教室へのわずかな道程でキリへ話し掛けた椿は、返ってきた言葉に瞳を輝かせた。 「僕も図鑑を地図と同じ位眺めていたぞ!」 「え?本当ですか?」 キリはびっくりしたように目を見開く。 椿は興奮したのか、瞳を輝かせたまま、頬をやんわりと染めた。 それを見たキリも、つられてそっと頬を染める。 「……なんか、嬉しいです。会長と一緒って」 「次は図鑑でクイズをしよう!負けないぞ!」 「臨むところです」 そして学年の異なる2人は階段でそれぞれの教室へと別れたけれど。 2人の胸には幼い頃のときめきと、想い人の、自分の知らない過去に触れられた喜びが、ゆらりふわりと揺れていた。 fin 過去捏造\(^O^)/ 椿パパはさすけくんを膝の上に乗せてデレデレしてれば良い(^p^) キリたんは忍術の修業の一貫で日本の地理を全て叩き込まれていれば良い(^p^) |