勝負の舞台に選んだのは生徒会室。 戻るなり自分の机をガタガタと移動させ始めた俺を、会長と女子3人は不思議そうに眺めていた。 「さあ!」 机の上を綺麗に片して、右手の肘をつき、傍らで呆然としている会長に呼び掛ける。 初めは訝しげだった会長も意味を理解したのか、俺の向かい側に回った。 「勝負と言うから何かと思えば……。腕相撲なら僕は負けないぞ。腕力には自信があるからな」 会長は俺の手を握ると、挑発的に笑った。 向かい合ったまましばしの沈黙が流れる。 会長は女子の方を向き、口を開いた。 「誰か審判をしてくれないか?」 しかし、会長が声をかけているにも関わらず、女子は表情ひとつ変えずに沈黙を保ち続けている。 それでも会長はめげずに言葉を続けた。 「れっ……レディゴッて言ってくれるだけでいいんだ!」 「私は嫌ですとお伝え下さい」 「言うと思った!」 「ちなみにそれはおいくらほどで勝てるのですか?」 「勝利を金で買うんじゃない!」 「DOS!」 「何で!?」 会長はしばらく女子との攻防戦を繰り広げていたけれど、最終的に浅雛先輩が審判を務めてくれることになった。 「RG!」 「ちょっ…!緊迫感がなくなるから普通に言ってくれないか?」 「UMY!(うるさい睫毛野郎)」 「何だと!?」 正直、浅雛先輩は何を言っているのか分からないが、会長は勝負の前から大分体力を使っている様にも思え、心配になった。 しかし会話が一段落した後、会長はふう、と大きくため息をついて、肉食獣のように俺の目をじっと睨んだ。 獲物を射るような真っすぐな視線に、心臓が激しく脈を刻む。 「勝負だ」 「負けません」 浅雛先輩は俺達の拳にやんわりと手を添え、始まりのゴングを鳴らした。 「レディー……ゴッ!」 言葉と共にサッと手が離れ、お互いの手に力がこめられる。 「……っ」 言葉にならない吐息が両者から漏れた。 やはり会長は強い。 今まで色々なやつと勝負してきたが、その中でも会長は群を抜いて強いお方だ。 だが、俺は勝利への手応えを確かに感じていた。 「勝たせてもらいますっ……!」 「……くっ!」 俺が会長の拳を机に沈めると、会長は悔しそうに俺を睨みつけた。 「くそっ……!」 そしてブレザーを脱ぎ捨て、ワイシャツの左手首のボタンを外し、袖を捲った。 「もう一度だ!」 出された腕にハッとした。 「先程のは負けを認める。だが、左腕なら僕は負けない。何せ今まで無敗だからな!」 心臓が再度小刻みに震える。 会長の利き腕が左だということを忘れていた。 だが、またも挑発的に俺を睨みつける眼差しに誘発され、俺はカーディガンを脱ぎ捨て、袖を捲った。 「いいでしょう。俺も負けませんよ」 そして再度、拳を握り合う。 張り裂けそうに心臓が音を鳴らし続け、柄にもなく緊張していることがわかった。 俺はこの左腕に勝てるだろうか。 汗が額からあごへ伝う。 俺は呼吸を整えて、全神経を集中させた。 「……レディー…………ゴッ」 そして、こめられた力に驚愕した。 先程とは比べものにならないのだ。 相手を倒すどころか、自分が倒れないようにするので精一杯だ。 眉間にしわが寄る。噛み締めている奥歯がギリギリと痛い。 予想外もいいところだ。この細い体のどこにこんな力が隠れているんだってくらいに、圧倒的な力で俺を攻め立てる。 (……っやべぇ……!) 徐々に形勢は劣勢へ。 流れる汗もそのままに会長の力を阻むも、机上では緩やかな角度が発生していた。 「僕が……、勝つ!」 気合いを込めて会長は更に力を加えた。 「……っく!」 歯を食いしばり、必死で俺はそれを受け止める。 やはり強い。 自分よりもでかい男(※藪田)をぶっ飛ばすだけのことはある。 だが俺は負けるわけにはいかない。 負けるわけにはいかないんだ! 「……っああああ!」 「っ!?」 俺は最後の力を振り絞り、会長の左手を思い切り机にたたき付けた。 「……なっ…………」 「はぁ……はぁ……」 俺の乱れた呼吸だけがしんと静まった部屋の中に響く。 (勝てた……) だけどこれはリーチの差によるものだ。 もし会長が俺と同じ背丈だったら、俺は間違いなく負けていただろう。 ひとまず安堵のため息をつく。 そして物音ひとつしないことに気づき、会長へ視線を向けると、会長は少しも動かないまま、倒された左腕を呆然と眺めていた。 (……しまった!) 俺は白熱するあまり、会長の大切な左腕を思い切りたたき付けてしまったことを思い出して、慌てふためいた。 「……っすみません!……まさか、どこかお怪我でもっ……!?」 「……うぅ……」 「……会長?」 すると会長は儚げに声を漏らし、見開かれたままの瞳から大量の涙をにじませた。 「かっ……会長!?」 「……うっ……ぅあああああああああん!!!」 「っ会長オォー!!」 そして俺の声を振り切り、会長は泣き叫びながら生徒会室を飛び出してしまった。 「……」 長のいない生徒会室は唖然とした空気に包まれる。 「……会長が不在ですので、今日はもう帰りましょうか」 「SS(賛成)」 「私も賛成です」 唖然としたままの俺を尻目に、どこまでもマイペースな女子の声が響いた。 「キリくんはどうしますか?」 「俺は……会長を探してくる……」 「そうですか。遅くならないように気をつけて下さいね」 「AGY(あばよ銀髪野郎)」 「さようならとお伝え下さい」 相変わらず浅雛先輩は何を言っているか分からなかったが、3人はそのまま帰路についた。 そして俺はひとり、生徒会室に立ち尽くす。 勝てたのは良いけれど、本当にギリギリだった。 ていうか、これで本当に良かったのだろうか? (……いや) このままでは駄目だ。もっと強くならないと。 これからもっと鍛え直さなければと、新たな誓いを胸に、俺は会長のブレザーを抱え、生徒会室を飛び出した。 (会長ォー!) fin 椿ちゃんも相当だけどキリたんも結構ヤバイ筋肉してると思う。 人が移動するときシュザッなんて言わねーだろ! 残像すら残ってねぇ! 椿はこの後悔しさのあまりお兄ちゃんに抱き着いて泣きじゃくってそんでビニーズミュートアンプやり込んで「グローリー!」とかなります。 でもめんどかったんで無し。 つかそんな椿見たくねぇw |