公園の四隅に立ちすくむ外灯が何度かの点滅の後、真っ白な光を放ち始めた。 俯いたままのキリの視界に、くっきりとしたふたつの影が浮かび上がる。少しだけ短くなった影法師が。 「……今なんつった?」 思わず口をついて出た言葉は安形のもの。彼にキリの声はしっかりと届いていたのだが、あまりに予想外だった言葉に呆気にとられてしまったのだ。 キリは振り向く。そこには呆けた瞳で自分を見つめる安形がいた。 その眼差しと彼が口にした言葉に、キリは恥ずかしさやら照れやらが溢れ、その表情を険しく歪ませて声を荒げた。 「…………っだから、悪かったっつってんだよ!」 「うおっ!?」 キリは勢いのまま真横のブランコを蹴飛ばした。勿論、今も尚、安形が座っているブランコをだ。 真っ直ぐに炸裂した蹴りはブランコを前後ではなく左右に揺らし、相変わらずの高い音をたてさせた。 「あっ、ぶねぇ……!」 不規則に揺れ、壊れそうな程の音が響いた。キィキィと、ただそれだけが。 安形は落ちそうになるのを必死で堪えた後、微かに揺れたままキリを見つめた。 顔を背けて俯いているキリを。 「なあ」 「……」 「キリ」 「……」 いじけているのか、キリは安形の声を無視していた。ピクリとも動かない。 安形の声はブランコの音と共に静寂へと吸い込まれていくだけ。 「……なあってば」 「……」 「キーリ」 「……」 「…………さっきパンツ見えたぞ」 「なっ……!」 だんまりを決め込んでいたはずだった。しかし、流石というべきか、安形はキリを振り向かせることに見事成功した。 そのやり方は決して綺麗なものではなく、むしろ下品そのものではあったのだが。 なんだかんだで女子であるキリ。聞こえた言葉に考える間もなく振り返ってしまった。条件反射の様なものだった。 その先にあったのは不敵な笑み。まんまとハメられてしまった。キリの頬が真っ赤に染まる。 「てめぇふざけんなよ!」 「ごめん」 「あぁ!?んだとコラ!……って、は……?」 「だから、ごめん」 「……はぁ……?」 笑顔から一転、真剣な顔つきに変わった安形にキリは呆気にとられた。 まるで予想だにしなかった安形の態度に、キリの中でふつふつと沸き上がっていた苛立ちがゆっくりと鎮静していく。 「…………べっ、べつに、パンツ見られちまったのは俺の落ち度だ……」 「はぁ!?おまっ……、パンツじゃねぇよ!つか見えてねぇから!」 「はぁ?んじゃ何なんだよ!」 「お前と一緒に決まってんだろーが!」 「はぁ!?」 「ああー!だっからもう!」 キィ、と揺れて、砂利が鳴る。 とても静かだったはずのそれらの音は、安形の激情が混ざって大袈裟な音へと変化していた。 安形はそのままキリの正面に移り、右手を伸ばしてキリの手首を掴んだ。昨日と何ひとつも変わらない細い手首だ。 そして強く、勢いよく、それでも優しさは残して、キリを引き寄せた。左手は銀色に絡ませ、キリの顔を自らの胸に埋めさせる。 呆けているキリに気づいているのか否か、安形はただ恥ずかしそうに視線をそらしていた。その頬は珍しく染まっている。 「昨日は悪かったな。お前と武光のことよく知りもしねぇで、乱暴だった」 「……」 「……つか、謝んねぇっつったくせに、ずりぃよお前」 「そ、それはっ……、アンタが……」 「なんだよ」 「っ……」 静けさの中で近くに響く低い声。 キリは言葉を詰まらせ、安形の胸元を自由な右手で控えめに握り締めた。 触れ合う箇所にじんわりとほのかな体温が重なる。 相変わらず、時折そよ風が吹いていたものの、ふたりの声も熱も、かき消す事など決してなかった。 キリを包んでいる安形の両手。 明らかにキリよりも大きなその手は、昨日とは全く異なり、とても優しいものだった。 キリは安形の広い胸と共に、彼の両手を、その輪郭を意識してしまう。そして感じてしまう。大きさを、力を、温もりを、優しさを。 そして、彼が男であるという事を。 (…………あ、がた、って……) そうはっきりと捉えたその折、キリの体が著しく熱を帯びた。真ん中にある心臓が激しく揺らいだ。 ブランコの残響もそよ風の音も何も無いこの場所に、キリの鼓動の高鳴りだけが響いてしまいそうだった。 (……な、んだよ、何だよ、これ……) ドクンドクンと、心にとても近い場所で響き渡るそれに、ゾクゾクとした何かが重なってキリの全身を巡っていった。 昨日とよく似た、しかし比べ物にならない程の心臓の猛り。キリは訝しむ。しかし、未だその理由には気付けていない様だった。 何故安形の部屋であんなにも胸が揺れたのか、そこへ繋がるこの理由に。 キリは無意識に安形を想い人として、ひとりの男としてちゃんと捉えていた。 理性と本能の両方で、安形を想い、慕っているのだ。 『俺にとってお前が部屋に来るってのは、そういう事』 混乱するキリの脳裏に先程の安形の言葉がよみがえる。 そしてその意を自身の心臓に重ね合わせた。 もしかしたら、安形も同じ様な胸の揺らぎを感じていたというのだろうか。 自分をひとりの女としてずっと捉えていた彼の心は。 余裕をなくした彼の心臓は、今の自分と同じように。 そう感じた瞬間、キリの羞恥心が大きな悲鳴を上げ始めた。 「…………っもうはなせ……」 「……やだ」 「っいいから、離せ……!」 「むぐっ……?」 キリは右手をほどき、安形の顎を押し返した。頬へぐりぐりと指先を食い込ませる。 「ちょっ、やめ、わかったよ……」 そのなりふり構わない抵抗に安形はしぶしぶとキリを開放した。 そしてキリを見やれば、同じく安形を見上げた彼女と目が合った。 「へ……?」 そして安形の口から気の抜けた声が漏れた。 もともとほんのりと染まっていたキリの頬が、安形と目があった瞬間ものすごい勢いで濃く染まったのだ。 キリはすかさずばつが悪そうに顔ごと視線を逸らした。 そのまま眉間にしわが寄る。唇がふるふると震えだした。 「……っも、何なんだよ、ふざけんなっ……」 「キリ……?」 「うざってぇ……。安形のせいだ。アンタの部屋が、アンタがっ……!」 「はっ?」 安形を男として初めて意識した今、キリは激しさを増す心臓に堪える事が出来なくなっていた。 本能から生まれる生々しいその感覚に、最早錯乱してしまっている様だった。 「武光の部屋じゃ何ともなかったのにっ……!昨日も今も、爆発しちまいそうだよ!」 そしてキリは依然として染まったままの顔を上げ、安形を鋭く睨み付けた。 「てめぇっ、これから俺に気安く触んなよ!ぶっ潰すからな!」 「はぁ……」 「っも、帰る……!」 「はっ?ちょ、キリ、おい!」 「うっせークソ安形!嫌い!だいっきらい!」 「はっ?はあぁっ……!?」 纏まりのない言葉を吐き捨て、勢い良く背を向けてキリは駆け出した。 ひとり残された安形は呆然と、夜に紛れていくその背中を眺めるばかり。 「…………」 そして安形は、キリの姿がすっかり見えなくなるまで立ち尽くすと、目の前にあるブランコに腰を下ろした。 先程までキリが座っていたブランコだ。 そのまま地を軽く蹴飛ばして前後に揺れると、キィキィと錆び付いた音が響き渡った。 (……嫌い、ねぇ……) 安形はキリの言葉を反芻した。真っ赤に染まったのは顔だけでは無かったようだ。 ふと、安形の吹き出した吐息が溶ける。 そのまま彼はクスクスと静かに笑い、最後には独特の笑い声を上げた。 「…………あんな顔で言われても説得力ねぇっつの……」 一方的に暴言を吐き捨てて背を向けたキリ。 昨日とまったく同じ去り方であったが、その内側はまるで違っていた。 目にも留まらぬ速さで帰宅するキリの心は今、安形への想いに容赦なく支配されている。 別れ際の言葉がすべて照れ隠しであると悟っている安形は、その不器用さにただ笑っていた。 「妬けちまうな〜、武光弟」 きっとそのうち、安形が言わんとしていた事すべてを、男女の過ちの可能性を、キリはちゃんと理解できる日が来るだろう。 ただ、それを超えた友情が、今のキリと武光には存在している。 互いの心を理解しようとしないまま衝突し、ふたりは錆びた音を鳴らした。そんな些細な出来事。 安形がぽつりと溢した台詞とは裏腹な、気の抜けた笑い声とブランコの音が鳴り響いている。 キリを拒絶していた様にも聞こえたその音は、今はそよ風と共に安形をゆらゆらと揺らしていて。 相変わらず甲高い金属音。しかし安形はどこか心地好さ気に目を細め、ゆったりとその音に身を預けていた。 fin 朝ホロ明ケの駒吉さんへのお礼ですん。 ケンカ別れからの仲直り安キリ♀との事でした。にと里の大好物です(^p^) ちなみにWジュ●リエットのワンシーンいただきました。 ほんとは震平ちゃんにキリたん襲わせて昼ドラちっくな展開にしようとしたんですがそんな事したら純☆情キリたんはきっとトラウマになるし安形さん震平ちゃん退学にしそうだし震平ちゃん報われなさ過ぎて可哀想だし何より感情入り乱れすぎてまとめらんねぇなと思ったので震平ちゃんをいい子にする事で落ち着きました☆(爆発) ちょいとばかし補足。 ・安形が忍者武芸伝を録画していたのはキリたん大好きだからです(爆発)。 ・力の差あり過ぎじゃねとか思わないでください。マジそんくらいあります。男の人の力ってヤバイです。 そんなんでどうぞ! 駒吉さん! その節はすんばらしいイラストをありがとうございました!! |