※キリたん先天的女体化
※色んな事捏造しまくり
※サーセン


ブランコに揺られて


太陽が輝きを夜の月に託すため、傾いた。
名残惜しいかの様に、それでも潔い様に、ゆっくり、ゆっくりと、鮮やかな琥珀色を広げながら沈んでいく。
ブランコに腰掛けたふたりの影法師は、太陽の傾きに比例してその距離を遠くへと伸ばしていた。


「んで、何だよ?」
「あ?何が?」
「何が?じゃねぇよ。何でわざわざ公園なんかに寄ったんだよ。遊びてぇなら座ってねぇで漕げば?」


キリと安形は公園のブランコに腰掛けていた。
事の顛末はキリが先週、忍者武芸伝を見逃してしまったためだ。その事をポツリと嘆いたら、なんと安形はその回をたまたま録画していたらしく。
そしてそのDVDを取りに行くためにふたりは安形の家に向かっている途中だったのだ。

しかし、公園を目にした安形は何故か唐突に寄って行こうぜと呑気な声をあげ、のろのろと行き先を変えた。
意味も分からずキリは後に続くも、安形はブランコに腰掛けたまま何をするでもなく、辺りをぼんやりと眺めているのみで。


「ひでぇなキリちゃん。別にいいじゃねぇか。たまにはこーやってのんびりすんのもよ。公園なんて中々来ねぇだろ?」
「うっざ。超意味分かんねぇー」
「まあまあそう言うなや。中々微笑ましい光景じゃねーか」


そう言われてキリが同じ様に辺りを見渡せば、公園の入り口で子を呼ぶ親と、その声のする方へ駆け出していく子供の姿が視界に入った。
じゃりじゃりと小さな足音が鳴り、同じく小さな足跡が地面に残っていく。
ママー、と愛しさを露にした高い声と、転ばないでねぇ、と何処か間延びした柔らかな声が、それぞれの微笑みと共に琥珀の空へと溶けていった。
夕暮れが無邪気な子供をさらう前に、親が小さな手を優しく包み、居るべき場所へと導いていく。

確かに、言われてみれば微笑ましい光景だった。


「…………それがどうした」


しかし、だからと言って理解出来るはずも無かった。キリは安形が子供好きであるなんて聞いた事は無かったし、勿論そういう訳でも無いはずだ。
むしろ彼が溺愛しているのは唯一無二の存在である彼の妹であり、間違っても見ず知らずの幼子ではない。
全くもって理解不能。依然として彼がわざわざ公園に立ち寄った意味が分からず、キリは腰を上げ、安形に背を向けた。
何も言わないまま歩みを進めると、後ろから締まりのない声が追いかけて来るのが分かった。


「ちょちょちょ、何だよ、無言で先行くなってー」
「あ?」


振り返ればわざとらしく拗ねた表情を作った安形が居て、キリの眉間には無意識にしわが寄った。
そんなキリの顔を捉えた安形は少しの距離を似合わない駆け足で埋めると、そそくさと隣に並んだ。


「え?何?そんな不機嫌になる事?」
「いや、だって意味分かんねぇし。親子連れ見て何が楽しいんだ?それよりもとっととDVD借してくれよ」
「……そりゃ、おっしゃる通りですけど」
「あんだよ?」
「べつにー」


全てを語ろうとはしない安形。訝しげなキリなど気にも留めないかの様に頭の後ろで手を組んで、飄々とした様子で足音を立てた。
意味が分からない。だが、追及した所で彼が口を割るとも思えず、キリは再度無言を携えながら彼の隣で影を見つめた。



***



そして到着した安形の家。上がってく?との問いにキリは無言で頷き、彼の部屋へと通された。
キリは腰を降ろし、ベッドを背もたれ代わりにしてぼんやりと部屋を眺めている。
無機質でもなければ賑やかでもない。必要なものと、あまりそうでもなさそうなものが少しだけ無防備に配置された部屋。
それは彼自身をそのまま反映しているかの様で、キリはどこか不思議な気持ちになった。

というのも、キリが安形の家に来るのも、部屋に上がるのも、実は今日が初めてだったのだ。
この部屋の主は甲斐甲斐しくお茶を用意しているために不在である。
徐々にキリは自分がひとり、この部屋に居るという事実にむずむずとした感覚を覚え、何故だか当面出来ずにいた。


「待たせたなー」
「悪いな」


すると階段を昇る足音が聞こえ、少しもしない内にドアが開いて安形が顔を出した。
彼は器用に片手でお盆を支えると、これまた器用に足でドアを閉めた。

そこで、キリの心臓の音が一際大きく鳴った。ドクンドクンと血液が駆け巡り、体温が急速に上昇していく。
安形の制服姿も器用な足さばきも見慣れている光景のはずなのに、キリの胸は取り乱してしまいそうな程に混乱してしまっていた。
その原因は至って単純なものだ。しかしキリはその事に気付いてはいない。


「何ぼーっとしてんだよ」
「……あ、や、別に」
「あ、そうだDVD。忘れねぇ内に渡しとくわ」
「おお……」


お盆をローテーブルに置き、安形はせわしなく近くの棚をごそごそとまさぐった。
そして目的の物を手に取ると、キリの斜め向かいに腰掛け、それを手渡した。


「ほらよ」
「さんきゅ」


それを鞄にしまい、キリは出されたお茶をすする。間もなくして訪れた沈黙は、キリの心臓の音を鮮明に響かせるばかりだった。


「……どうせならそれ、見てく?」
「へ?」
「忍者武芸伝。わざわざ借りてぇなんてよっぽど見たかったんだろ?」
「あ、いや、いい」


静けさが広がる部屋の中で、安形はさりげなく口を開いた。キリは思わず歯切れの悪い返事を返してしまう。
しかし、安形の声はキリの心臓の音を絡めとり、徐々にその存在を薄れさせていった。
話題が出来た事で、キリが少しずつ饒舌になっていったのだ。


「これ、武光と見るから」
「武光?」
「同じクラスの侍バカだ。アイツも見逃して録画し忘れたらしいんだ」


そしてキリはわざわざ安形にDVDを借りる羽目になった経緯を簡潔に説明した。
いつもなら武光に借りているのだが、今回に限って彼も忘れてしまったらしく、DVDを借りたら一緒に見ようと約束をしたというのだ。


「ああ、武光ってアイツか。椿に勝った剣道部主将の弟だろ。やっぱアイツも剣道やってんのか?」
「まあな。あと会長が負けたってのは余計だ。潰すぞ」
「はいはいすんません。でもよ、学校のテレビってプレイヤー内蔵だったっけか?」
「武光ん家で見るからそれは大丈夫だ。マジ、本当にありがとな。超助かった」
「武光ん家?」
「ん」
「……何?お前武光ん家でふたりで見んの?」
「そうだけど?」


緩やかな会話が流れていたが、この瞬間、空気が変わった。
安形はポカンと瞳を見開いた直後、纏う空気をガラリと変えたのだ。


「武光の部屋、ねぇ……」
「……何だよ?」
「それはよ、ちょっとまずいんじゃねぇの?」
「あ?何でだよ?」
「……マジで分かんねぇのか?」
「……意味分かんねぇんだけど」


安形は眉間にしわを寄せ、陰を背負ってキリを睨んだ。
はっきりとした怒りの色。前触れもないそれにキリは体を強ばめ、同じく顔を歪ませた。


「何堂々と別の男の部屋行く宣言してんだよ。そんなんいい訳ねぇだろうが」
「……何言ってんだ?ダチの家行くだけなのに、そんな怒る事かよ?」
「…………あのさ、お前、男の部屋に行くってどういう事だか分かってんの?」
「はっ?」


そして、刹那。本当に刹那的な出来事だった。
安形はほんの少しの距離を詰め、キリの両手首を捕らえたのだ。
リストバンド越しにもかかわらず、安形の両手はキリの手首をすっぽりと包み込んでいる。
そしてそのまま、キリの顔の横へ両手を押さえ付け、彼女の自由を奪ったのだ。


「ちょ、安形っ!何なんだよっ、離せっ……!」
「力ずくでどけてみせろ。それが出来たら武光ん家に行くのも許してやるから」
「あ、ん、だと、このっ……!」


挑発的な台詞、高圧的な態度に怒りが溢れ、キリは言われるがまま両手に力を入れて安形を押し返そうと試みた。

しかしそれは叶わなかった。
いくら力を込めようとも彼女の両手は安形のそれを振りほどく事はおろか、少しも動かす事さえ出来ずに、更に込められた力に痛みを訴えるばかりだったのだ。


「……く、そっ……」
「なあ」
「んだよっ……!」
「武光は剣道やってるよな」
「それがどうしたっ……!」
「……言っとくけどな、武光の力は俺より強ぇぞ」
「だからっ、それがっ……!」
「まだ分かんねぇのか?お前、どうすんだ?」
「あぁ!?」
「だから……、こうなったらどうすんだっつってんだよ」


互いの苛立ちが立ち込める。
その中で安形が語気を強めた言葉が、キリの心臓に落ちていった。
鳴りやんだはずのそれの音が部屋中に響いているのではないかと感じてしまう程に、キリの内側を激しく駆り立てている。

キリは安形の言葉を咀嚼する。
両手を捕らえられ、自由を奪われたこの状況に苛立ちながら。
身動きが取れず、僅かな抵抗さえ叶わない無力な自分に苛立ちながら。

どうするのか、しかし、答えなど見つかる筈もなかった。何故ならキリは今、全く別の感情に捕らわれているからだ。
安形の力をはね除ける事が出来ない自分への苛立ち。
依然として向こう側へ押し返す事の出来ない両手が自分のものではない様に感じて、とてつもない不安感さえもキリを襲っていた。

安形の瞳は尚も真剣にキリを射抜いている。キリはどうする事も出来ないまま、安形の瞳を見つめ返す事しか出来ない。
汗が額から輪郭を伝った。不安と焦燥、悔しさと苛立ちが体中を駆け巡って、キリは唇を噛み締めて安形を睨み付けるばかり。


「女の力なんてたかが知れてんだ。武光の部屋に行かせられる訳ねぇだろ」
「……っ」
「つーかお前はもっと危機感を持て」
「……んな……」
「あ?」


追い討ちをかけるように告げられた言葉。それはキリの中に威圧的に入り込んで、既にボロボロに崩されたプライドを更に傷付けた。


「…………っざけんな!!」


キリは激情に任せて頭を振り、額をぶつけた。
骨と骨が鈍い音を生み出し、そのわずかな隙にキリの両手が解放を手に入れる。

渾身の頭突きを喰らった安形は声にならない声をあげ、額を押さえながら顔を歪めた。痛いのだろう。
だが、キリにとってそんな事など最早関係なかった。痛いのはキリとて同じ事だった。
額が、両手首が、心臓が、その奥が、痛くて堪らない。


「何様だてめぇ!偉そうにすんのも大概にしろ!」
「……ってぇ……」
「大体、こうなったらとかあるわけねぇだろうが!武光はそんな最低なヤツじゃねぇ!武光の事何も知らねぇくせに知った風な口聞くんじゃねぇよ!」


次から次へと溢れだす暴言を吐き捨て、キリは鞄を乱暴に手に取り、駆け足で部屋を飛び出した。

勢いのまま屋根を伝い、帰路につく。いつもなら数分もしない内に着くはずの距離と、乱れる事のない呼吸。それなのに。


「はっ……、はぁ……っ」


家までの距離がどこまでも続く道のりに感じられ、家に着く頃には大量の汗と呼吸が溢れて止まらなかった。

中に入り鍵を閉めると、キリの両足は一気に脱力した。その場にズルズルと崩れ、立てなくなってしまう。
乱れた呼吸は尚も治まらない。次第に両手が痙攣した様にフルフルと震えだし、止まらなくなった。


「……っ、くそ……」


唇を噛み締め、キリは利き腕を、安形に強く掴まれたその手首を、反対の手で守る様に包み、額に預けた。
息を吐き、瞳を閉じて平常心を取り戻そうと試みるも、乱れた呼吸と震えが直ぐに治まることは無かった。











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