※キリたん先天的女体化 ※キリたんが高校卒業した後くらいの感じで 恋をする 偶然とは何て不思議なものなのだろうかと、喫茶店で向かい合う安形と椿は感慨にふけっていた。 「びっくりしました。まさか安形さんにお会いするなんて」 「そりゃこっちのセリフだ。まさかお前がいるなんて思いもしなかったっつーの」 ふたりは高校時代の先輩後輩の間柄、その中でも生徒会という独立的な組織に属し、それぞれ会長と副会長を担って互いに信頼を重ねていた深い仲だ。 学生時代は毎日の様に、それこそ家族の様に顔を合わせていたふたりだったが、互いの卒業と共に必然的にそれは減り、それぞれに青く美しい思い出を胸に秘めたまま新たな人生を歩んでいる真っ最中だった。 そんな折の出来事。ふたりはばったり出会った。特に連絡などはお互いしていない。というより、それぞれ別の用事で駅前に赴いていた。 安形は学生時代からの恋人であるキリと駅前で待ち合わせをしていたのだが、彼女から遅刻をするという連絡が入り時間をもて余してしまったため、目についた本屋に立ち寄ったのだ。 暇潰しに入った本屋にそれ以外の目的などない。安形はふらふらと店内を徘徊していた。だが、参考書のコーナーを一瞥した際、そこで見覚えのある横顔を発見した。 短い黒髪と長い睫毛。そして伸びた背筋が育ちの良さを感じさせる懐かしい姿。その人物こそが学生時代、自分を慕い敬ってくれていた椿だった。 「変わらないですね、安形さん」 「お前こそ。相変わらず睫毛長げぇな」 「……それは誉め言葉として受け止めていいのでしょうか」 「かっかっか」 そして今、ふたりは駅前の喫茶店でコーヒーの湯気と共に互いの顔を見やっている。何も変わらない懐かしい面影。本当に何も変わっていない。 強いて言うなら、時折零れる微笑みに流れた歳月と経験が重なって、深みを滲ませている位だろうか。 同じ服を着ていたあの頃に比べると、ふたりは共にたくましく、そして頼もしく成長したように思える。 「キリは元気ですか?」 「何も変わってねーよ。つか今日さ、丁度アイツと待ち合わせしてんだ」 「え?あ、すみません。僕おいとまします」 「いいよ。遅刻してるし。暇だから来るまで付き合えよ。つかアイツもお前に会えたら喜ぶだろーよ」 「……それならお言葉に甘えて。それにしても珍しいですね。キリが遅刻なんて」 「まあ、何だかんだでキリも女だからな。色々あんだよ、色々」 「はぁ……」 キリの遅刻の理由は至ってシンプルなものだった。1ヶ月に1度訪れる、女子なら誰しもが避けては通れないアノ日。 キリは特出した身体能力を活かして移動は常に民家の屋根を利用しているのだが、今日は違った。家を出ようとした際に、訪れてしまったのだ。 キリも所詮は人の子。その日くらいは体に負担をかけたくない。今頃は硬いアスファルトをゆっくり歩んでいるのだろう。 「……それにしても、僕、嬉しいです」 「ん?何が?」 「安形さんとキリが仲良くやっているみたいで。結構長いですよね、おふたり」 「まあ、何だかんだで2年は続いてんなぁ。飽きられてないみたい、俺」 「はは」 椿は笑う。飄々とした様に見えて、その実しっかりとした自己を持つ安形の姿は、椿にどこか懐かしい安心感を与えていた。 安形はいつもそうだった。何事ものらりくらりと受け流していながら、誰よりもその内面を見据えていた。 椿のように周りが見えなくなる程に熱くなることはなかったけれど、その分常に冷静で、だからこそ取り乱す事もなくて。 穏やかな空気がふたりを纏う。きっと安形もキリも、自分のよく知っているふたりのままであるのだろうと、椿はただ微笑んでいた。 「つーかお前はどうなんだよ。可愛い子ちゃんのひとりでもいねぇのか?」 「恥ずかしながら僕はまだ……。というより、今は学ぶ事が多すぎて正直それどころではないんですよ」 「ああ……。そういやお前、さっきも参考書んとこ居たもんな。医大って大変そうだな」 安形の言葉に椿は笑みを苦いものに変える。事実、安形が椿を発見したのも、堅苦しい言葉が羅列された本棚の前だった。 椿は今も変わらずに、目の前にある目標を真っ直ぐと見据えているのだ。脇目も振らずに、汚れを知らない凜とした眼差しで。 その姿に今度は安形が微笑みをこぼす番だった。流れゆく時の中、移り変わる毎日の中で、変わらないものが存在するというのはやはり喜ばしい事だ。 「けど、それなりに充実はしています。知らない事を学ぶ事はやはり大変ですけど、楽しいものです」 「恋愛も楽しいぞー。お前にどんな彼女が出来んのか楽しみだわ」 「はは。そうですね。僕もいつか安形さんとキリみたいに、ひとりの人を一途に愛してみたいです」 再びふわりと微笑んだ椿。だがそこで、安形は少し色合いの違う笑みを向けた。 威厳を持った、安形が人の上に立てる人間だと、彼が持つ器を感じさせるような、そんな笑顔を。 「……安形さん?」 「イイコト教えてやろーか?」 「何ですか?」 「愛するだけじゃ駄目なんだぜ」 「え?」 告げられたのは核心を持ち、輪郭を持たない言葉。 その意がよく汲み取れず、椿は安形へ真っ直ぐに疑問符を投げ掛けた。 「男が何で浮気しちまうか知ってっか?」 「……自分の子孫をひとりでも多く残す為、本能が……」 「かっかっか。相変わらずかってぇなお前」 「はぁ……」 「簡単な事だ。男が浮気しちまうのはな、相手を愛しているだけで、恋してねぇからだ」 「……恋?」 コーヒーは既に冷めている。ふたりの間にゆらゆらと滲んでいた色はとうに無い。 そのため安形の笑みと言葉は何物にも遮られる事なく椿の元へと届いたが、その中身までは伝わらず、彼の持論に椿は同じく疑問符を浮かべるしか出来ずにいる。 「毎日相手を愛すんじゃなくて、毎日相手に恋しなきゃ駄目なんだ。ドキドキすんのって愛してるからじゃなくて恋してるからなんだよ」 「……はぁ」 「互いに恋して、ドキドキして、そんで愛が生まれんだよ。だから恋愛だ。恋と愛は対になってんだよ」 「なるほど……。それなら安形さんは、今も毎日キリに恋をしているんですか?」 「……まあ、アイツに至っては結構色んな意味でドキドキしてっけどな。アイツが本気出したら俺勝てねぇし」 かっかっか、と、安形が笑う。盲目的にも思える言葉の重みを、彼の笑い声はふわふわと浮遊させていた。 言葉の裏側に隠された本質。日常的に触れ合う事の多いそれを、安形は彼独自の視点から捉えている。 何事も聞くだけなら簡単だ。だがいざそれを説いてみろと言われた場合、安形のように自身の価値観を上手に伝えられる人間は一体どれだけ居るのだろうか。 椿はただ脱帽するしかなかった。ずっと傍に居たあの頃から何も変わっていない。目の前に居る安形には、自分とは違うものが見えている。 「お前も毎日恋出来るような相手を見つけろよ。そんで毎日恋してもらえるような人間になれ」 「そうですね」 「まあ、すぐ見つかるだろうけどな」 安形は尚も笑う。その微笑みを受けて、椿もつられるようにそっと笑った。まだ見ぬ先の未来に、自分はどのようにして立っているのだろうかと、そんな思いを馳せながら。 そこには不思議と不安はなかった。カップの中で直ぐに冷めてしまうような、そんなちっぽけな未来がひとひらも想像出来なかったのだ。 昔も今も、安形はちゃんと自分を正しい場所へと導いてくれる。そんな根拠のない確信を椿は持っていて。 きっとそれを、人は信頼と呼ぶのだろう。 「そろそろキリも来るんじゃねぇかな。場所は伝えてあるし」 「佐介さん!!」 「おっ……と、噂をすれば、だな」 「キリ?」 安形が何の気なしに名前を口にした直後、タイミング良くキリは現れた。安形と向き合う椿を目にするとキリは嬉しそうに駆け寄って跪き、椿を見上げて瞳を輝かせて。 突然名前を呼ばれて椿は肩を揺らしたものの、振り返った先で何も変わらないキリの姿を捉えた瞬間、懐かしさと愛おしさがどっと溢れだして、キリを見つめるや否やそっと顔を綻ばせた。 「お久しぶりです!相変わらず凛々しいお姿で……!お元気そうで何よりです!」 「キリこそ。元気そうで何よりだ。会えるのを楽しみにしていたぞ」 「有り難き幸せ……!」 「うおーいキリちゃーん。待ちわびてたのは貴女の彼氏もそうなんですけどー」 「あ?つーか何でてめぇがここに居んだよ?邪魔くせぇな」 「貴女と待ち合わせしてたのは俺なんですけどね!」 安形に容赦なく噛み付くキリに椿は笑う。 相変わらずだ。彼女もやはり、何も変わっていない。自分を真っ直ぐに慕ってくれている所も、言葉に少しの荒々しさを含む所も、何もかも。 「それでは僕、そろそろおいとまします」 「え!?そんな……」 「そうだな。俺らも行くか、キリ」 「何でアンタと……」 「貴女が待ち合わせをしていたのは一体誰?それは俺!」 「レポートを作成しなければいけないから。また時間を作ってゆっくり会おう」 「はい……。はぁ。折角お会い出来たのに……」 「キリちゃん?主旨変わってねぇ?」 「つーかアンタさっきからうるせぇな。ちょっと黙ってろよ」 「え?ひどくない?」 そもそも椿は安形との再開に懐かしみ、そしてキリを待つために軽くお茶をしていただけだった。新しい湯気を堪能できる程、椿は時間を持て余している訳ではない。 名残惜しい気持ちを噛み締めつつ、椿は席を立った。そして合わせて腰を上げたふたりを、きゃんきゃんと騒ぐ安形に噛み付くキリを見て、そっと頬を緩めた。 椿は知っている。噛み付いているように見えてその実、キリが突き立てる牙に力など微塵も入っていない事。キリは安形に甘噛みしてじゃれているだけなのだ。 不思議な事に、椿より高い位置に目線を持つキリも、安形が隣に居るだけで途端に可愛らしい女性に変わる。 「キリ」 「はい?」 あまりに微笑ましい光景に、椿はそっとキリの名前を呼んだ。 「キリは今、恋をしているか?」 にこりと微笑んでそう尋ねると、キリは数秒固まってその言葉を咀嚼した後、面白いくらいに顔を真っ赤に染めた。 直後、え、や、あの、など、言葉にならない何かを呟き、ちらりと安形の顔を一瞥して。 椿へ視線を戻した所で、今度は真っ直ぐに輝く彼の眼差しにたじろぎ、ついには俯いてしまった。 「……キリ?」 椿は尋ねる。動かないキリの唇に訝しんでいるのだ。 本当に何も変わっていない。キリが安形の前で素直になれない所も、そんなキリの様子を悟れない椿の天然さも、本当に、何もかも。 少しの間、キリは込み上げる羞恥心を必死で堪えた。そして依然として俯いたまま、椿の右耳に顔を寄せ、そっと口元を両手で覆って。 「……」 「……ふふ」 ぼそりと囁かれた言葉は椿にしか届かなかった。 何も言わずにふたりを見据えている安形の視界に、真っ赤に染まったままのキリと、キリの返事に瞳を伏せて綺麗に笑った椿が映る。 「え?キリ、何て言ったの?」 「あのですね、安形さん」 「さっ、佐介さん!言わないで下さい!」 「……だそうです。安形さん、残念ながら秘密です」 「……お前らほんと仲良しだな」 安形に対し、椿は左手の人差し指で唇を閉ざした。 しかし安形はちゃんと悟っていた。 ふたりが見せた表情だけで、キリから一体どんな言葉が椿へ届けられたのかなんて、彼からすれば一目瞭然だ。 安形がキリに視線を移せば、頬を染めたままの彼女と目が合う。くすりと意地悪な笑みをこぼすと、その意を察したキリは悔しさから唇をきゅっと結び、ぷいっと安形から顔を背けた。 「椿ぃ」 「はい?」 「グッジョブだ」 「え?」 「恋っていいもんだ。かっかっか」 「はぁ……」 安形は表情を崩さぬまま椿に声をかけた。相変わらず鈍い椿はその微笑みと言葉の意を理解することは出来なかったけれど、その瞬間キリから軽い拳が安形の腹にめり込んだのは言うまでもない。 fin あか、しろ、きいろ。の石田さんへの相互記念です。 「花びら」の様な雰囲気の安キリ♀との事だったんですが、若干違うものが出来た様な……(爆発) ほんわかほのぼのした空気を出したかったんですが……むっじぃw ちなみにキリたんが何て答えたかはご想像にお任せします。 石田さぁーん! 良かったら貰ってあげてくださあぁぁぁい!!!(爆発) |