よそ見しないで 真夜中だ。昼間に太陽が残した熱も光も今はすべて失われ、紺色の空の中に欠けた月が静かに浮かび、幾千の星屑がちりばめられてひっそりと、弱々しくも確かな輝きを見せている。 静かな夜の帳。それは人々を夢の中へとただ無言でさらっていた。 安形も例外ではなかった。変わらぬ日常の中で変わらぬ生活を送り、訪れた夜にまぶたを閉じて夢を見ていた。 「…………え……」 だが、予期せぬ訪問者によって安形はのどかな空間から現実へと連れ戻されていた。 キリが窓枠にしゃがみ込んでいたのだ。 「……なに?おま、ビビらせんなよ……」 突然の訪問に安形は寝起きのため掠れた声で疑問符を浮かべた。首だけを動かしてキリを見据えるも、そのまぶたは夢うつつ。 逆光と呼ぶにはいささか弱い空の輝きがキリを背後から照らしていて、その表情を薄暗く覆い隠している。 見えない。汲み取れない。安形の瞳に映るのは朧げに光る空の輝きと、それに滲んだ細い銀髪だけ。 「……どしたの?」 「……別に」 「…………おれ、なんかした?」 「してねぇ」 「じゃあなんだよ?つか……、なんじ、いま……?」 キリは振り返り、夜空を見上げた。時計はおろか、キリは荷物と呼べるものは何ひとつも持っていない。星を読んでいるのだろう。 薄明かりに照らされたキリの輪郭が、そして無造作に垂れた銀髪が、輝いた。ひどく綺麗に、そして少し、弱々しく。 「……多分、1時くらい」 「うへぇ……よなかじゃねぇか……」 だが、安形はその光景を朧げに捉えただけで、ゆっくりと伸びをしただけだった。安形の両腕は伸ばした体制のまま、だらりと脱力する。 時間は定かではないものの、それでも今は真夜中なのだ。そう簡単には覚醒出来ないのだろう。キリをぼんやりと捉えている、元々眠たげな安形の目元も、相変わらず寝ぼけ眼のままだ。 「……どしたの?」 安形は再度キリに問う。しかしキリは答えない。沈黙を抱えたまま、窓枠にしゃがみ込んでいるだけ。 その意を理解することが出来ず、安形はキリを見据えながら、大きな欠伸をひとつこぼした。 「……どしたー、ほんとに。つか、ねみぃんだけど……」 「……」 「きーりちゃーん……」 込み上げる眠気に安形は再度欠伸をする。キリは依然として四角い空を背負ってそこにいる。何も変わらない状況。だが、ひとつだけ変化があった。安形の目が暗闇に慣れてきたのだ。 弱い空の輝きを受け止めつつ、安形はキリを見据え続ける。光る銀髪に包まれたキリは無表情でそこにいた。無表情で、安形を見つめている。 暗がりの中交わる視線。動かないキリと、いつものように動かない安形の脳。それでも安形は朧げながらもキリを捉え続け、その心の内を探ろうとした。 「……とりあえずはいれば?さみいし、あししびれんだろー?」 「……別に」 「……まあ、おまえはそんくらいなんともねぇか」 冬は過ぎたものの、夜はまだ冷える。それにもかかわらず、キリは薄着で、素足だった。そこに気付いた安形はぼそりと呟いたが、キリにさらりとかわされて。 しかし、かわされる事自体、珍しい事ではない。安形も特に気にはせず、まぶたをきつく閉じて、先程と同じように伸びをした。ついでに小さく欠伸もすると、今度は右の二の腕を枕に重ね、体制を横向きに変える。 ほんの少しだけ近付いた視線。そしてほんの少しだけ開いた安形のまぶた。度重なる欠伸に安形は少しずつ覚醒をし始めたのだろう。 キリの背中越しに見える夜空が綺麗だと、初めて安形はキリ以外のものを視界に捉えた。 「……ん?」 そこで初めて、キリが動いた。窓のすぐ隣にあるベッドへ足を踏み入れ、ゆっくりと、音を立てずに安形の枕元へ歩み寄っている。 近付く距離。交わる視線。キリは安形の顔の横にちょこんと正座した。両腕は銀髪のように力無く垂れている。 そんなキリを、より近い位置でキリの瞳を見上げた安形はそこで初めて、何となくではあるが、キリの心の内が見えた気がした。 (おれ、けっこうあいされてんのかも……) キリは依然として無表情のままだったが、安形を映している黒い瞳がゆらゆらと、儚い程に揺れているのが分かった。 目は口ほどに物を言う。まるで愛しいものを見るような、そんな甘い眼差しに、安形はそっと笑みがこぼれて。 「……おいで、キリ」 「……」 「ちゅーしよ」 ふわふわと脱力した、夢心地を纏った笑顔を浮かべたまま、安形はゆっくりと手持ち無沙汰な左手を伸ばした。キリの少し痛んだ髪を梳いて、優しく撫でる。 キリは尚も無表情で何も言うことは無かった。ただ、何度か緩やかな瞬きを繰り返した後、だらりと伸ばしていた両手を安形の枕の横につき、そっと顔を近づけて、まぶたを閉じて。静かな肯定の合図だ。 そして―――。 「……もっかい」 刹那的に触れた唇を離し、吐息のかかる距離のまま安形は囁いた。キリの返事を待たずに安形は再度、そして何度も、キリの唇に口付けて。 のんびりとした速度でキリの唇を包み、舌を絡ませた。音はない。けれど、そのキスはいつもより濃厚で。 唇を合わせ、舌を結び、隙間を次々と埋めるように、静かに、何度も、角度を変えている。 「もーいっかい」 「……しつこ……」 「いっぱいちゅーしよ。そんで、えっちもしよ。いっぱい、いっぱい、あいしあお」 「…………やだよ」 「やだでもしよ。すんの」 寝起きのためか、安形の口調は目覚めてからずっと舌足らずで、幼子のようで。 だが、キリの髪を撫で続けているその指は裏腹に大人びていて、酷く優しいものだった。 キリは導かれるように安形へ口付け、布団の中へ忍び込んだ。四肢を絡ませ、甘えるように胸元へしがみつき、体温を伝えた。 そして、ふたりは結び、揺れた。ゆらゆらと。静かに。 布団の内側に響くふたりの吐息、甘い声、そして繋がり合う水音と、外側に鳴るベッドの軋み。ふたりが重なり、生み出す音のすべてはとても淫らで、儚くて。けれど、とても静かなものだった。 その後、果てたふたりを、夜の帳は夢の中へひっそりと誘った。 まぶたを閉じた暗闇の中、ふたりは互いの温もりに触れ合いながら、そのまま緩やかにさらわれて。 そして、甘い夢を見た。 静かな夜だ。欠けた月も幾千の星屑もふたりの逢瀬には何も言わず、紺色の空にひっそりと、弱々しくも確かな輝きを与え続けている。 fin 夜に眠れなくてふと会いたくなっちゃう事とかってあると思うのですよ。 普通は会いたいよー会いたいよーしくしく……って枕を濡らすか、 もう電話しちゃって、もしもし、ううん、何でもない。……会いたい。みたいな展開(王道だな)になると思うのだが、 それをキリたんにぶち込んでみたら彼はひゅんひゅん屋根飛んでソッコー会いに行っちゃいました! っていうお話です! (爆発) 最強w そして何かつまんねーから可愛い安形を目指してみたのだけど見事に玉砕/(^O^)\ ただの頭悪い子になっちまった/(^O^)\ マジドンマイw |