光の中に陰が生まれた。
顔を上げると、目の前にあったはずの安形の背中は何処にも見えなくなっていて。
気が抜けたような、まどろみに似た雰囲気を纏う、それでもしっかり、頼りがいのある、そんな安形が、目の前に居て。


「……ばーか。泣きてぇのはこっちだっつの」


そして困った様に微笑みながら、安形は右手をそっと伸ばして、くしゃりと俺の髪を撫でた。
涙が止まる。いつもの安形だった。


「あ、がた……」
「お前、紛らわし過ぎ……。やめてしか言わねぇし、手裏剣ぶん投げて泣くし、殴られるよりきいたわ……」
「……泣いてねーよ…………」
「泣いてたよ、お前。俺に手裏剣ぶちかました時、マジで」


そう告げられ、思い出す。あの時の頬の感覚。
錯覚だと思っていたあれは、安形が流した雫ではなく、俺の涙だったというのだろうか。

もしそうなのだとすれば、俺はどれだけ安形を傷付けてしまった事になるのだろう。安形の頬に傷を付け、心にさえも傷を付け。
安形はこうして向き合ってくれたけれど、この微笑みの裏側で、一体どれ程の痛みに泣いていたというのだろうか。
頬に残る傷痕が赤く滲んでいて、少しだけ腫れていて、痛々しい。
そしてきっと、安形の心にも、同じような傷痕が刻まれてしまっているのだろう。

それなのに、何故。


「……あがた」
「ん?」
「…………あがたっ」


どうして安形は、こんな風に優しく、俺に笑ってくれているのだろうか。

溢れる想いから、目の前に居る安形の両肩に手を重ね、そして顔を傾けて、そっと触れた。
安形がするみたいな深いものではないけれど、俺にとって精一杯の愛情表現。
好き。
傷付けてごめん。
笑ってくれてありがとう。
好き。
そんな想いを一心に込めて、触れる。重ねる。安形に。安形の唇に。
安形の背中には、上手に想いを届ける事が出来ないけれど、こうして正面向き合っているなら、きっと届く。きっと。

唇を離して、安形の瞳を見据えた。安形がするように、真っ直ぐ。
しかし、視線が交わったこの瞬間、安形は何故かそれを下に逸らして。
訝しんだのもつかの間、安形は右手で顔を覆って項垂れ、困ったように喋り出した。


「あー…………、もー……」
「あ、安形……?」
「……あのさ、お前、俺の言った事、ちゃんと聞いてた?」
「え……?」
「え?じゃねーよ、まったく……。折角抑えてんのに、また抱きたくなっちまっただろーが……」
「なっ……!」
「あー……」


余りにストレートな言葉に、顔中に体温が急速に集められた。口が空気を食む様に忙しなく動く。
確かにそんな様な事は言っていたけれど、まさか、このタイミングで同じ事を告げられるとは想像もしていなくて。

でも、指の隙間から見える安形の肌が、黒髪の間から覗く安形の耳が、見たことない程に赤く熱く染まっていて。
吐露した心の内はきっと、重ねた俺の想いはきっと、安形にちゃんと伝わっていたのだろうと、そんな気がして。


「……い」
「ん……?」
「抱いても……いい」
「…………え?」


ぼそっと小さく呟いた。聞こえるか否かの小さな声だったけれど、安形にはしっかり届いたらしく。
俺の声に安形は手を降ろして顔を上げた。安形の戸惑いと驚愕が真っ直ぐに交えた視線からひしひしと流れ込んでくる。


「おま、何言って……」


安形が瞳を大きく丸めていた。
だけど、もう、引き止めるものなど何もないから。
恐怖は安形の頬に痕を残して、俺の中から消えたのだから。


「しても、いい。……けど、……その、あの…………だな……」
「……」
「ゆ、ゆっくり、ならっ……。おれっ……べつに、やじゃ、ねーし……っ」


極度の緊張と羞恥が心臓を何度も叩きつけ、呟く俺の声を所々で高く裏返す。
俺の体と非常に格好悪い肯定の返事が空気を静かに震わせて。
安形は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で俺を見据えていたが、すぐにその表現を真剣なものに変えた。そして鋭い眼光で俺の瞳を強く射ぬいて。


「……本気か?」
「…………っ本気だ」
「止まんねーぞ?」
「………………分かってるっ」
「……いいんだな?」


何度も何度も俺に問い掛け、安形は確認するように右手を俺の頬にそっと這わせた。
突然触れた体温に体がビクッと大きく跳ねる。
そのままゆっくり近づく安形の顔。俺はぎゅっと強く瞼を閉じ、その瞬間を待ち構えた。


「…………ぷっ」
「……え?」
「くく……、かっかっか」


だが、唇に触れたのは安形の小さく漏らした吐息だった。
安形は俺の唇にそれでは触れず、代わりに大きな笑い声をあげて。そのまま右手を滑らすと、俺の髪をぐしゃぐしゃと掻き回した。


「かっかっか、はぁ、全く。お前って奴は……」
「な、何だよ……!」
「そんなガッチガチで強がってよぉ……ははっ。ったく、抱けるかって」
「……な、べ、べつに強がってなんかっ……」
「はいはい。もう今日はお前のその気持ちだけで十分だ。ありがとな、キリ」
「……っ……」
「歩幅合わせねーとな。お前の言う通り、ゆっくり」


独特の緩い空気に纏われ、全身の力が抜けていった。目の前には、悠々とした笑みをふわりと浮かべる安形が居て。

そしてそっと、安形は俺の横をすり抜けた。振り返る。視界に映ったのは安形の背中。
俺を何度も苛立たせた、安形の背中だ。


「部屋戻ろうぜ。ほら、キリ」


そして安形は振り返り、優しい笑みを浮かべながら、俺にそっと右手を伸ばした。
穏やかで、緩やかで、厳かで、心地好い、そんな雰囲気を纏いながら。


(……なん、で…………)


何で、どうして。

どうして安形には分かってしまうのだろう。
どうして安形には手に取るように俺の事が。

どうして安形の背中には、俺は何ひとつも敵わないのだろう。


「……先行け」
「は?」
「いいから」
「何で?」
「いいから先行け。こっち見んな」
「はぁー?」


腕を伸ばし、訝しむ安形の右手をすり抜けて、背中を押した。込み上げる激情に項垂れながら堪えていると、力が抜けて。
指先で安形の背中にしがみつくと、開いたままの瞳からはポロポロと、雫のままの涙が頬を伝わずにこぼれ落ちた。
見せたくない。見られたくない。こんな姿。
1日に3回も泣き顔を見られるなんて、俺のプライドが許さない。

結局、安形には全てお見通しだったのだ。
俺が安形の気持ちに応えようと背伸びをした事も、俺の体と声を震わせた緊張も羞恥も全部。
安形には全てお見通しで、だから今、安形はこんな風に俺の歩幅を大切に守ってくれていて。

悔しい。悔しい。腹立つ。苛立つ。
俺の全てを見透かす安形が。
俺の2年先で微笑む安形が。
それを余すとこなく詰め込んだ、安形の背中が。
そしてそんな安形に、更にはこの背中にさえも本当は、惹かれてしまっている、幼い自分が。


「……俺の背中はむかつくんじゃなかったのかよ」
「うるせぇ、こっち見んな。さっさと行けよ」
「……へいへい」


かっかっか、と、安形が笑う。きっと俺が今静かに泣いている事も、安形には分かってしまっているのだろう。
俺の吐き出す幼稚な言葉と、手の平が示す想いの矛盾を、安形はそれらをも享受して、何も言わずにここに居る。

悔しい、悔しい、悔しい。
やっぱり、この背中には、何ひとつも敵わない。
翻弄されて、ほだされて、安形の全てを見せ付けられる。


「むかつく……むかつく……」
「ん?」
「むかつくんだよ、アンタ……。むかつく……、むかつく……っ」
「ちょっ、何だよ……」
「うるせぇ、むかつくんだよこの禿げ、ばか、クソ安形……」
「痛い痛い、いてぇってキリ」


しがみついていた指先を解き、緩く握る。そして子供みたいな言葉を吐いて、子供みたいに何度も殴った。
ポカポカと音がなりそうな位の弱い力で、安形の背中を何度も何度も。
何ひとつも敵わない苛立つ背中を、何度も何度も。

安形は痛いと言いながらも、その声は笑っていた。
それに俺の好きな心地好い雰囲気を、ゆらゆらと優しく纏わせて。





fin





女 子 か ! ! /(^O^)\


じ ょ ! し ! か ! ! ! /(^O^)\



(爆発)


手裏剣持って眠る合宿キリたんにhshsして生まれたネタです。
キリたんが安形のほっぺをぶしゅってするそんな話が書きたかっただけである。

しかし思いの外長くなった/(^O^)\
久々にくどい文章を書いてしまった/(^O^)\
4ページとか長過ぎんだろwwwwww

つーかキリたんだったらこんな躊躇しないよね。
あ、何?ヤりてぇの?しょーがねぇなぁほらよ、アーン安形ぁー位が妥当じゃね?
だってキリたん男の子だもの。


(爆発)


すまなかったwww
反省はしている。だが後悔はしていない。


/(^O^)\





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