※キリたん先天的女体化
※高校卒業後設定
※結構いい歳な感じで
※やっぱりキャラ崩壊


花びら


小指の長さほどに開かれた窓。そこから流れる春色の風が、カーテンを揺らして頬に触れた。
ふわりと桜の香りを含んだそれは、例え室内のソファーに腰を降ろしていようとも、窓の外に広がる景色をいとも簡単に見せてくれる。

先程歩いてきた道のりを思い出す。俯いていたせいで、視界には灰色のアスファルトと、その上にまばらに重なる桜の花びらしか映っていなかった。
時折流れたそよ風には、やはり桜の香りがしていたけれど、それでも俺は顔をあげることが出来なくて。

カーテンの向こう側には薄紅色の花びらが幾重にも広がり、春の訪れを告げているのだろう。
突き刺すような冬の冷たさを緩やかに解かし、暖かな季節を連れてきたのだ。
ひらりと風に舞っているであろう花びらは、俺の張り詰めた心をも柔らかく解かしてくれるのだろうか。
未だ冬の冷たさに支配されて、前を向けずにいる俺の心さえも。
そんな俺の心はひとときの安らぎを求めた。そして温もりを孕む薄紅色の桜を無意識に追いかけていた。

腰掛けていたソファーから立ち上がり、窓辺へと歩み寄る。
左手へ数歩の距離。それをゆっくり越えると、白いカーテンから透き通る、さんさんとした太陽の光がほんの少しだけ眩しくて、目を細めた。
そのまま景色を遮る薄い布に指を滑らす。触れたカーテンは太陽の熱を浴びているせいか、ほんのりと暖かかった。


「キリ?」


外の景色を視界に捉える直前だった。
今となっては既に聞き慣れた、心地良ささえも感じられる程の低い声が、訝しげに俺の名前を呼んだ。
振り返る。両手にマグカップを持ったこの部屋の主が、間の抜けたような表情で立ち尽くし、俺を見つめていた。


「惣司郎……」
「何してんだそんなとこで?珍しく落ち着きねぇなぁ、お前」
「……」
「これ、ここ置いとくぞー」
「おぉ……」


マグカップをひとつ、ソファーの前にあるテーブルに置いて、惣司郎はそのままソファーへ腰掛けた。
そして手に持ったままのマグカップに口つけ、ひとつ息を吐く。
彼が口つけたマグカップと、テーブルに置かれたマグカップからは白い湯気がゆらゆらと立ち上り、彼の横顔を滲ませた。
その表情に何処か物憂げな印象を受けるのは、彼自身が持つ独特の浮遊感からなのだろうか。分からない。
気付けば俺は無意識に、その白い端正な横顔をずっと眺めていた。


「……ちょ、なんだよ」
「え?」
「そんなに見つめられると照れんだけど」
「あ……わ、悪ぃ」
「や、悪かねぇけどよ……。そういやさ、お前、話あんだろ?何?」
「……」


単刀直入に切り出された言葉に強張る。顔が、全身が。
握ったままのカーテンには恐らく、きゅっと小さなシワが出来た。


「……キリ?」
「惣司郎」
「ん?」
「おれ……」
「……ん?」
「おれ…………」

「妊娠……した」


今日、惣司郎の家に赴いたのは訪れた春に焦がれるためでも、彼の横顔に焦がれるためでもない。懐妊の事実を告げるためだった。
ここ数日続いた自身の体調不良に佐介さんの元へ診断に行くと、彼は出会った頃のような、相変わらずの純粋無垢な笑顔で、「おめでとう、キリ」と微笑みかけてくれた。
白黒のエコー画像を見せられ、ここが頭だぞ、と言われた時は正直、何が何だか分からなかったけれど。


「……マジで?」
「……マジだ。こないだ、佐介さんのとこ行って、見てきた。腹、エコーで」
「……」
「俺……、マジで、赤ちゃん、出来た……」


カーテンを握りしめる手に力が篭る。俺を見やる惣司郎の綺麗な顔が驚愕に染まっていた。
見られない。彼の顔が。現実が。目を逸らして足元を見つめると、桜の香りがふわりと流れた。柔らかい春の香りだ。
それなのに俺はこの香りを生み出す薄紅色の景色さえ、真っ直ぐに見つめる事が出来ない。


「……どうする?キリ」
「……」
「何か考えてる?」
「いや……」
「ちゃんと考えろよ。一生付いて回るもんだ。大切な事だぞ」
「分かってる……」


惣司郎の言葉に、瞼、唇、掌、そして心が、きゅっと締め付けられて、力が篭った。

分かってるそのくらい。
命の重みくらい、成長の過程でしっかりと学んできた。死ねなんて言葉、今では冗談でも言うことは出来ない。
ひとつの命が泣きたくなる程に尊い事も、決して代わりなんて存在しない事も、改めて説かれなくたって、全身全霊で理解してる。

だから。
だからさ、惣司郎。

俺は産みたいよ。
俺の中に宿った小さな命を、か細い息吹を、無かった事になんかしたくないよ。
愛しくて仕方ないんだ。何処に頭があるのか分からないし、ましてや名前さえもまだないけれど。それでもこの子にはちゃんと命があるから。
それに、この子はアンタの子だから。愛しいアンタとの間に出来た、可愛い赤ちゃんだから。
だから産みたい。産んであげたい。

生きることは大変で、辛いことも、悲しいことも、苦しいことも、沢山ある。
だけどそのすべては小さな喜びに、小さな愛しさに繋がっているから。
物事は、感情は、何もかも、すべて表裏一体だから。

この子には生きて色々なものを見て欲しい。そして色々な事を経験して、色々な思いを感じて欲しいんだ。
すっかり汚れてしまった俺達の世界だけど、それでもまだ綺麗なものはちゃんと残っているから。
例えばそう、このカーテンの向こう側、窓の外に広がっているであろう薄紅色の景色とか、マグカップの湯煙が彩る、アンタの物憂げな横顔とか。

惣司郎は何を考えてる?
堕ろした方がいいとか、そんなこと思っていないよな?
俺、そんなの嫌だよ。
経済的にも体裁的にも、この子を産む事は簡単ではないのかもしれないけど。
それでも、そんな現実的な理由をつけて、この子の未来を摘み取ってしまうなんて嫌だ。
俺は絶対に嫌だ。

沈黙と柔らかな春の風がゆらりゆらりと流れていく。
あれから全く言葉を発しない惣司郎が、彼の思考を悟るのが怖くて、俺はゆっくりとカーテンを開けた。

まばゆい春の光が視界を照らす。
柔らかな風が吹くと、桜の花びらが空に舞った。
桜花爛漫。景色は春色一色で。


「おほっ、すげーなぁ。すっかり春だなぁ」
「そうだな……」


すると後ろから惣司郎の独特な口癖と間延びした声が聞こえて、その直後、背中に温もりを感じた。
桜に感化されたのだろうか。彼は俺の腰に腕を回して、右肩にそっと顎を乗せた。


「桜ちゃんとかいいかもな」
「……え?」
「安形桜。可愛いし、字面も悪くねぇ」
「…………は?」


聞こえた声に振り向く。
すると同じように窓の外を眺めていた惣司郎と目が合った。
彼は安直すぎたか?などと呟いて、かっかっか、と、学生の頃から変わらない、独特の笑い声をあげる。

けれど、ほんの少し。ほんの少しだけ。
彼は今までに見たことのない、父親の顔を俺に見せた。


「あ、でも男だったら桜は駄目だな。男に桜は可愛い過ぎる。それなら桜男か?あがたさくらお。……かっかっか!駄目だ、有り得ねぇ!」
「……何言ってんだ?」
「…………悪い。や、そんなマジな顔で見んなよ。悪かったって。ちゃんと考えっから」
「……」
「一生付いて回るもんだから、ちゃんといい名前考えてやんねーとな。俺みたいに名前負けしたらかわいそーだ。かっかっか」


そう言って笑いながら、惣司郎は俺の下腹部をそっと撫でた。
酷く優しい手つき。
それは何処にあるかも分からない、小さな我が子の頭を撫でているようで。

そよ風にひらりと舞う、桜の花びらのような暖かさだった。


「…………っ、うぅ……」
「え……?ちょ、何?どうした?」


呼吸が震えた。
涙がぽろぽろと溢れて止まらなくて。


「…………何で泣くの?」


杞憂だった。
彼には選択肢など初めから存在していなかった。
彼はたったひとつの小さな命を、その未来を、ただそれだけを、ずっと見据えていた。
春に桜が花開く、そんな自然の成り行きのように。


「…………めいわく……かと、……思って……」
「……はぁ?何が?」
「赤ちゃん、だよ……」
「……何で?」
「なんで、って……。だって、俺達……」
「あ……」


どこまでも訝しげな惣司郎に抱えていた不安を吐露すると、俺が言わんとした事を悟ったのか、彼は俺の言葉を遮り、右側へ移動した。
そして俺の両肩を掴んで振り向かせると、普段はあまり見られない、真剣な眼差しで俺を見据えた。


「ごめん、キリ。俺言ってなかったな」


そう言うと、惣司郎は照れ隠しのようにコホンとひとつ咳ばらいをした。
そして俺の目を真っ直ぐに見据えて。


「キリ、結婚しよ」


彼はふわり、桜の花びらのように、笑った。


「うん……」


風が吹いた。
小さな窓のすき間から、桜の花びらが舞い込んできて、ひらり、ひらりと浮遊する。
何となく、初めて出会った時の事を思い出した。
あの時はまだ桜は咲いていなかったけれど、来たるその日に向けてそっと蕾を実らせていた。
俺の中に息づく命と同じ。小さな小さな生命の息吹だ。

巡る季節を経て俺達は大人になった。
けれど目の前で微笑む惣司郎はあの頃から何も変わっていない。独特の浮遊感も、口癖も、笑い声も、すべてあの頃のままだ。
変わったものなど何ひとつなかった。佐介さんの笑顔も、薄紅色の桜も、命の尊さも、何ひとつ。

ただ、惣司郎はあの頃よりも少しだけ、格好良くなった気がした。
そう思わせるのは、彼が微かに見せた父親の表情のせいだろうか。それとも俺達を柔らかく包む、春の穏やかな温もりのせいだろうか。

分からない。けれど、俺は自分の頬がほんのりと染まっていくように感じた。
良く見れば惣司郎の頬も淡い薄紅色に染まっていて。

そのままゆっくりと近づく桜の距離。
瞳を閉じると、彼はそっと、花びらのような柔らかいキスをくれた。


「仕事頑張るわ。これからもよろしくな、キリ」
「おぅ……」
「あとさ……、まぁ、お前も不安だったのは分かるし、俺がだらしねぇせいなんだけどよ」
「ん……?」
「……ひとりで病院行ってんじゃねーよ。バカキリ」
「……」
「俺もエコー見たかった!俺も赤ちゃん見たかった!椿ずるい!」
「……佐介さんは仕事だっつーの」
「今度病院行く時はみっちりとへばり付いて行くからな」
「言い回しがきめぇよ。……はは」
「ちょ、かわいっ!」


短いキスの後、惣司郎は照れたように言葉を紡いだかと思うと、今度は子供のように拗ねてみせた。
そこにさっき見た父親の面影はどこにも無い。
そんな彼に思わず笑みがこぼれ、気付けば張り詰めていた心が暖かく、柔らかに揺れているのが分かった。

きっと心を支配していたのは冬の冷たさなどではなく、一過性の花冷えだったのだろう。
窓の外では薄紅色の花びらが風に揺れ、春である事を告げているから。

この先、景色は葉桜の緑色に染まり、巡る季節と共に色を変えていく。そして流れる時を越えて、また淡い薄紅色に染まるのだろう。
それでもきっと、俺たちは変わらない。何も変わらない。
風にひらりと舞う桜の花びらのような、そんな穏やかな日々がゆっくりと続いていくだけだ。これからもきっと。これからもずっと。

そしてそれは目の前に居る惣司郎と、俺の中に息づく新しい命と共に。





fin





まさかのデキ婚ネタでサーセーン/(^O^)\
つーかやりたい放題でサーセーン/(^O^)\

色々とサーセーンw


だがしかし楽しかった。

(爆発)


安形が名前負けとか誰が決めたんだって感じですがそこはご愛敬(・∀・)
てへ。

そして桜男はないwww





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