※リアリティーに欠ける設定が飛び出しますが突っ込まないでやって下さい。
※所詮しがないホモサイトですから(爆発)

***

ぼんやり。昨日とは打って変わった晴れ空の下、オイラの視界は時折、過ぎ去ったはずの真夏の日を彷彿させるような、陽炎によく似た景色が紛れ込んだ。
ゆらゆら、くらくら、それは頭の中から全身へ駆け巡り、覚束ない意識を混在させる。
そして、寒い。いくら太陽がさんさんと照っているとはいえ、今は秋だから当然なのだろう。
身体の芯から体温を奪われるような感覚に身震いしながら、オイラはいつもより時間をかけて教室へ辿り着いた。


「デイダラちゃんおはよう!時間ギリギリじゃん!」
「オッス……」
「……ん?」


相変わらずな飛段の声がガンガン響く。片手を挙げてそれに応え、雪崩れ込むように机へ突っ伏した。
無機質な机がとてもひんやりして、けれど、頬に当たる冷たさは決して不快なものではなくて、むしろ心地好ささえオイラに与えていた。


「……デイダラちゃん大丈夫?」
「…………なにが?」
「なんかダルそ……」


飛段の言葉を遮るようにチャイムが鳴った。担任の角都がやってきて、生徒がそれぞれの席についたのがやけに鮮明な音で伝わってきた。
号令がかかる。立ち上がろうとするも身体にうまく力が入らず、中途半端な姿勢を保つ事がひどく億劫に感じた。
角都の声が声ではなく、音となって直接脳へ入り込む。鼓膜を介さないその不快感がズキズキと痛みを生み、苛立ちへと繋がっていく。
唯一聞き取れたのは二時間目の科学が移動教室になるという事。何て事だ。オイラの彼に対するアンテナはこんなにも張り巡らされているのか、と、その事実に嘲笑がひとつ零れた。

それにしてもダルい。顔を上げることさえ面倒で、一時間目の号令は立ち上がる事もやめた。所詮こんなものは形だけであるし、幸いオイラは窓際に近い位置の一番後ろの席だからバレないだろう。
そして案の定。授業が始まった。咎められなかったと言う事は、気付かれなかったと言う事だ。
安堵。続いて倦怠感。そして眠気。脳に響く音となった声が段階を踏むように薄れていって、オイラはそのまま吸い込まれる様に意識を手放した。


「…………デイダラちゃん……」
「……ん……」
「デイダラちゃん!!」
「……んあ!?へ……?」


揺さぶられる感覚と大きな音に顔を上げると、そこには飛段がいた。右手がオイラの左肩に伸びていて、結構近い位置にある見慣れた顔には気掛かりな様子が張り付いている。


「なぁ、大丈夫なのかよ?デイダラちゃんずっと寝てたぞ?」
「え……?」
「もしかして風邪ひいてねぇ?昨日ちゃんと傘さして帰った?」
「…………え、と……」


畳み掛ける様な言葉に戸惑う。放たれた昨日と言う単語に、薄ぐらい背景の記憶が蘇った。
暴風雨。雷鳴。そこに浮かぶ、艶めかしい彼。
ああ、そうだ。オイラあの後、訳が分からなくなって飛び出したんだ。傘なんてさしていない。


「とりあえず保健室行った方がいいって。連れてってやるから少し休めよ。次の科学は俺寝ないでノートとるからさ!」


飛段がニカッと笑った。けれどオイラは今、聞き捨てならない言葉を聞いてしまった。
保健室?冗談じゃない。


「…………いい」
「……は?」
「いい……。オイラ、授業受ける……、うん……」


がさごそと机を漁り、科学の教科書とルーズリーフを取り出す。
ただでさえ彼は中々姿を見せないと言うのに、その彼に会える機会を自ら潰してしまうなんて、そんな事あっていい筈がない。


「……馬鹿言ってんじゃねーよ!んな真っ赤でふらふらなのに、無理に決まってんじゃんか!絶対熱あるって!」


しかし、オイラの気持ちなど露さえ知らない飛段は、眉間へ深いしわを刻んで声を荒げた。
ガンガン、一際大きな音が突き刺って、苛立ちを募る。気づけばオイラは同じ位の怒声を張り上げていた。


「熱なんかねぇ!これはかあいらしい林檎のほっぺだ!女子がほっぺにつけてんのと一緒だ!うん!」
「意味わかんねぇー!大体デイダラちゃん化粧なんかしてねぇだろ!オカマか!ばか!」
「ばかってなんだ!ばか!飛段の方がばかなくせに!うん!」
「てんめ!人が折角心配してんのにこのやろ!」
「頼んでねーもん!てゆーか行かないったら行かねぇー!オイラは授業受ける!次移動だろ?行ってやんよ!スッタスタ行ってやんよ!うん!」
「口調おかしいし!」
「行くぞ飛段!……ってひゃあー」
「おっとぉ!」


子供みたいな口論の末、タンカを切ってその勢いのまま立ち上がった瞬間、視界がぐるりと歪んでいった。
目の前にあるものすべてがぼやけていって、追い付けない程のスピードで移っていって。
しかし、倒れる事はなかった。飛段が支えてくれたのだ。


「……だから言ってんじゃん。保健室」
「行かない、うん……」
「……保健室嫌いだったっけ?」
「ちがう……」


違う。そんなんじゃない。
そうじゃなくて、ただオイラは、ただ彼が。

口から溢れるのは浅い呼吸。それ以外はもう何ひとつも出てこなくて、少しの沈黙が流れた。
しかし、それを破ったのは飛段のため息だった。顔を見やれば、飛段は困った様な表情を浮かべていた。


「……わーった。そんなに実験してぇってんならもう止めねーよ。だけどデイダラちゃん、ぜってー薬品いじんなよ。爆発しそう」
「……う、うん」
「そうと決まれば急ごうぜ。寄っ掛かっていいから。後三分しかねーよ!」
「おう……!」


何か勘違いをしているものの、飛段はさりげなく机上に散らばったオイラの荷物を持って、右腕を差し出してくれた。
その腕にしがみつき、オイラはふらふらになりながらも浮き足立つ気持ちで科学室へと進んだ。

実験なんかどうでもいい。ただ会いたい。会って、彼がその時どんな顔を見せるのか、それが知りたい。
一ヶ月経って初めて、オイラは昨日漸く彼と会話をする事が出来たのだ。
内容は酷いものであったけれど、それでも昨日の出来事が今までの日常に、ほんの僅かでも、何かの変化をもたらしていてくれたなら。


「……デイダラちゃん大丈夫?」
「……おう」


しかし、思いとは裏腹、一歩一歩進む度にどんどん体温は上がっていくばかり。
飛段の腕がひどく熱くて、視界はぐらぐらと歪んでいく。
辿り着けるだろうか。ほんの少しの距離がとてつもなく遠くに感じて、見えるものすべての焦点がぼんやりとして合わなくなっていく。


「あ、センセー」


後少し、そんな所で、ちょうど階段を登ってきた彼とばったり出くわした。
実際オイラはもう彼の輪郭さえまともに捉える事は出来ていなかったのだけれど、飛段の声に立ち止まったそのシルエットは小さくて、赤くて、白くて。


「……ソイツ……」
「ん?あー、なんかヤバそうなんだけど、どーしても実験してぇって聞かなくてよ」


ふたりの声がぼやりと滲む。必死になって顔を見据えると、ふいに彼の何かがオイラへと伸ばされた。


「へ……?」


細くて冷たい何かが右の首筋に触れた。筋肉の内側、顎の近くに押し合てられて、時間が止まる。
その後、流れるようにそれは移動して、形を変えて頬を包んだ。そして最後、ピタリとそれは額に移った。相変わらずの冷たさがとても心地好かった。


「…………きもちー……」
「……熱あんな。風邪か?」
「やっぱそう思う?」
「……とりあえずコイツは保健室にぶち込んでこい。お前は遅れてきて構わねぇから」
「ラジャー」
「やだ……じゅぎょー……」
「黙れ。一回休んだ位で留年なんかしねぇよ」


冷たさ、艶声、体温、景色、ぐるぐる、ぐるぐる、色々なものが駆け巡る。
ここでパタリと、オイラは意識が途切れた。











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