今日も彼は纏った白衣のポケットに両手を突っ込んで、気だるそうにオイラの横を通り過ぎた。
彼の瞳を緩やかに覆ったまぶたが、一瞬の隙に長い睫毛の存在をオイラに知らせた。
操られた様に振り返り、今しがた降りたばかりの階段を、そこへゆっくりと足を掛けている彼の後ろ姿を眺めた。ふわふわ、柔らかそうな赤い髪が歩みに合わせて揺れている。
成人男性とは思えない程に幼い顔立ちとのんびりした足取りは、何故だかいつもオイラの視線を捕らえて止まない。

科学担当、美術部顧問の彼は夏休み明けの二学期から、つまり先月からこの学校に転任してきたばかりの教師だ。
けれど、彼はあまり生徒と触れ合う事がなく、事実今だって美術部に在席しているオイラと擦れ違ったと言うのに、何をする事もなかった。
授業と部活以外にその姿を見ることはほとんどない。だから目配りが止まらない。今日も、飽きる事なく。
教科書も黒板もこんな真剣に見ることはないと言うのに、オイラはいつも見つめてしまう。彼を見かける度に。


「……なーにしてんだよっ!」
「うおっ!?」


すると、後ろから勢いよく首に腕を回された。右肩には見慣れた横顔の重み。同じクラスの飛段だ。


「階段見上げて立ち尽くして……、ゲハハハ、さてはデイダラちゃん、パンチラ待ちだな?溜まってんなぁドンマーイ!」
「な、バッ、違ぇよ!ウゼェ!超ウゼェクソ飛段!うん!」


ニヤニヤと苛つく笑みを浮かべながら、飛段はでかい声で開口一番に下ネタを投下した。ざわざわとした視線が集まる。
楽しげな男子のものと、冷ややかな女子のものが混じりあったそれらは、居心地をひどく悪いものにする。

クッソ、むかつく。まるで検討違い。本当の理由はたったひとつであると言うのに。
その理由を、原因の彼を追いかけて再度階段を見上げれば、彼はもうオイラの視界から姿を消していた。


「……ああもうウッゼェ!つーかいい加減離れろよ暑くるしいな!うん!」
「はいはい。てか今日どうすんの?デイダラちゃん部活行くの?」
「そのつもりだけど?」
「なーんだ。一緒に帰ろうと思ったのによ。つか何で急に部活なんか始めたの?もう二年の半ばなのに」
「……ま、思い出づくりみてーなもんだよ。うん」
「思い出だったら俺とつくれよなー。最近ホント付き合い悪ぃぜ、デイダラちゃん」
「悪い悪い」


ざわつきは既に消え去っていた。その中で飛段はいじける様に口を尖らせると、じゃあなと手を挙げ階段を降りて行った。
それに軽く手を振り返し、オイラは教室に戻って財布とケータイしか入っていない軽い鞄を手に取ると、美術室へと歩みを進めた。

飛段の言う通り、何故今頃部活を始めたのか。その理由は勿論彼目当てだった。元々趣味で創作はしていたけれど、部活に入る気などは更々なかった。
なのに、彼がそうさせた。彼の持つ不思議な雰囲気に魅了されて、気付けばオイラは流れる様に入部届けを提出していた。

美術室の戸を開く。数える程しかいない生徒が円陣を組むように、真っ白な石膏像を囲っている。
良くあるデザインの、面白味に欠けるそれをデッサンするのが今の課題。この間は林檎の油絵だった。

荷物を置いてデッサンに取りかかる。それらしく木炭を使っている人もいるけれど、オイラは鉛筆派。昔から使っている道具の方が指先にしっくり馴染むからだ。
しばらくすると、シャッ、シャッ、と、キャンパスに走る鉛筆の音しか聞こえなくなる。そんな無に包まれた様な空間が、オイラは取り分け嫌いでは無い。
と言うより、何かを創作する方がオイラは好きだったりするのだけれど、彼と同じ空間を共有する事が何よりの目的であるのだから、つべこべ言ってはいられない。

デッサン、デッサン、一瞥、デッサン。石膏像の先、同じ位に白い肌をした彼は、今日も何かをキャンパスに描いていた。
初めは同じものを描いているのかと思っていたけれど、先月まで油絵を描いていたオイラ達とは明らかに道具が異なっていた。
今月もキャンパスに変化はない。継続されているであろうその中身は全く分からないまま。
何を描いてるのか、と聞いてしまえれば、覗いてしまえれば良いのだけれど、何だか彼には迂闊に近寄れない、見えないバリケードみたいなものが常に存在していて。

そして、教室が夕暮れを越えた夜の色に染まり、チャイムが鳴った。
今日も結局、オイラは彼の姿を遠巻きに眺める事しか出来なかった。





そんな日常





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