面影に立つの続き。


解放


死後の世界なんてものは信じていなかったしそもそもがどうでも良いものだった。永遠を前にそんな価値観など最早何の意味も持たないものであったし、肉体が滅び、魂がその世界で尚存在するものであるなら、俺はふたつの抜け殻と共に孤独に苛まれながら眠りにつく事など無かった筈なのだから。死んだらそこで何もかも終わり。そんな時代だった。否、それは今も尚変わることのない事実だ。鮮烈な程に生と死を突き付けられる毎日だった。目前に迫る明日を必死で手繰り寄せながら、俺はひとつの希望を心に預けたまま幼い時を駆け抜けるように過ごした。振り返る余裕など微塵も無かった。一度足を止めてしまったら、流れる時間に取り残されてしまうような気がしていた。目に見える成長に置いてきぼりの心。比例するかのように増えていく傀儡と周りの評価、昇進。俺は恐れ、迷い、歪み、ひたすらに駆けていただけなのに。

仮に死を過去と位置付けるなら、生は際限ない未来だ。そして未来とは今の果てだ。そして今は一瞬の隙に過去になる。つまり今は過去にも未来にも成り得るものであり、すなわちそれは生と死がどちらも同じだけの確率をもって存在するという事実を示している。その境界は単純なもので、過去は変えられないが未来は変えられる。選択出来る。そんなものだ。言葉の色だけを捉えれば未来は何とも希望に満ちたものに思えるけれど、俺はその選択の先にだって変えられない過去が待ち受けているという真理を物心ついた頃から知ってしまっていた。未来さえいずれは過去と呼ぶ日がくるのだと、置き捨てられた心ひとつでもがき、悲しみ、苦しんでいた。どちらにしたって悲しいだけなら、過去も未来も要らない。純粋な今だけでいい。過去に捕らわれる事も、未来にさえ畏怖してしまう事も、すべてが煩わしくて鬱陶しくて。そして、俺は肉体を脱ぎ、遥か彼方に置き去られたままの心の元に捨てた。意識を浮游させてそれらを傍観しながら、抗えない時間の中に存在し続ける、過去になる事も未来になる事もない今の連鎖を、すなわち永遠を求めた。一番近い場所まで辿り着いた。それでもまだ足りなかった。たったひとつを俺はまだ手にすることが出来ずにいて、そのたったひとつが何であるのかさえも曖昧で、それからはただひたすらに欲しいものだけを追い求めた。時には人を殺め、また時には人を操り、繰り返し、それでもまだ、足りなかった。そうした中、月日はただ流れるばかりで。けれど、木々は移ろい、星は瞬きながら、俺を残して変わりゆく景色の中、流れ行く時の中で変わらないものは確かにあって。それらにあって俺にないもの。それは一体。ただ、そうして木々を眺め夜空を仰げば、決まってアイツは訝りながら喚き散らした。外見とは不釣り合いな低い声で、何度も何度も俺に問いかけた。しつこい位に。そもそも、出会った頃からアイツはとにかく煩かったものだ。訳の分からない芸術論を捲し立て、得意気に鼻を高くして、だから、アイツに対する第一声はウザいの一言に尽きた。何にも分かっちゃいない。典型的な早死タイプ。俺がアイツの年頃には悟ってしまっていた真理をアイツは欠片も感じてなどいなかったのだから。一瞬は確かに今だけを切り取ったものの様に見える。けれど、消えてしまう以上それは間違いなく過去だ。脆くて、儚くて、未来も何もない過去そのもの。それが価値あるものだと、美しいものだと言うのだからとんだ戯言だ。過去は美しいものなどでは決してない。芸術などでは決してない。美しいものであるなら、芸術であるなら、苦しい筈がない。悲しい筈がない。俺は何も失う事など無かった筈なのだから。過ぎ行く時間の中、俺達は当然のごとく対立した。互いを罵り、罵倒し、時には生死の境をさ迷う事さえあった。それでも俺達は変わらなかった。いつだって抱える信念の元、同じ事を繰り返して、いつしかそれが当たり前の事になっていた。当たり前の事の筈で、だから、あの日も何も疑う事なく同じ事を繰り返していた。終わりになるなんて、思いもよらずに。

ぐらぐらした。くらくらした。ふたつの脱け殻とそれを操るひとつの存在に、捨てた筈の何かが目の前にチラチラ現れだして。思考も視界も指先も、何故だかいつも以上に鮮明で。ぐらぐら、くらくら、そして蘇ったのはいつかの希望。遠い昔に置いてきた筈の小さな願い。幼い記憶。手放した筈の過去と未来。捨てた筈の、心。永遠に一番近い場所に居る。それが俺だった。けれど、永遠に成れず未完成のままに終わってしまったのは、一番最初に捨てたと思っていたものが結局最後まで傍に有ったからだ。捨ててなんかいなかった。捨てる事など出来ていなかった。たったひとつが手に入れられずにいたのではなくて、俺はずっと、たったひとつを手放す事が出来ずにいたのだ。独りぼっちで苦しんでいたあの頃の俺は何も変わらず傍に居て、最後の最後で俺を支配し、希望を取り戻した。そして久方ぶりに訪れた過去と未来に、すべてを委ねた。





ゆらゆら。燃え盛る炎に浮かぶ陽炎。真っ暗な此処に唯一の明かりを灯すそれは、俺に何を見せる事もない。父様も母様も此処に来たのだろうか。此処に居たのだろうか。一体此処で何を思い、そして何処へ行ったのだろう。陽炎の他に何も見えないこの場所では、きっと俺の事だって見ることも出来なかっただろう。俺が何を思い、何を願い、何を求めて眠りについていたのか、その全部も、きっと。けれど、何故かほんの少しだけ、父様と母様の香りがした。此処できっと俺の事を同じ様に思い出していただろうと、そんな風に思えた。何故なら今、俺が父様と母様を思い出しているように、俺はアイツの事さえも思い出しているのだから。毎日毎日、ずっとずっと隣に居たアイツ。今は一体何をしているのだろう。相変わらずまだ意味分かんねぇ事を喚き散らしたりしているのだろうか。空を泳ぎ、風と共に流れ、闇を露にしながら、太陽の如く笑っているのだろうか。くだらねぇ。結局、生きても死しても尚、俺は心と共に此処に在る。あんなにも嫌っていた過去を振り返っている。あんなにも嫌っていた未来を想像している。無くした筈のすべてを取り戻している。炎の明かりを、陽炎の揺らぎを感じている。そして、聞こえてくる足音に、変わりゆく空気に、後ろからゆっくりと近づいてくるソイツのすべてに、振り返らずとも伝わってくるすべてに、笑みを零している。





「……なあ」
「何だよ、うん」
「俺、初めてお前を見たときからよ」
「……うん」


遠いあの日に置いてきた、忘れていた笑みがまたひとつ、零れた。


「お前は早死するタイプだと思っていたぜ」


振り返れば、眉尻を下げて顔をくしゃくしゃにした情けねぇツラのデイダラが居た。


「……なんだよそれ」
「そのままの意味だ」
「他に言うことねーのかよ」
「ない」
「ひっで」
「ひでぇのはテメェのツラだよ」
「うっせぇよ…………」


そう言って俺の傍に座ったデイダラは、唇を噛み締めながらぽろぽろと泣き出した。





fin





死後の世界が本当に存在するのかなんて分かりません。
けれど、ふたりが再び出会えるであろう場所があの作品の中にはちゃんと存在している。
その事が空野にとってはとても救われるものでした。

決して不自然にはならないように、ちゃんと出会わせてあげたい。
面影に立つを書き終えた時、心の底からそう思いました。
それならやっぱりたき火の場所かな、と。
つまりこれはたき火の場所にいる旦那の独白から始まり、そこへデイダラさんがあぼんしてやってきたよ!っていうお話なのでした。





てゆーかうわあああー!!!
とにかく好きだ!芸コンんんんん!!(´;ω;`)






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