いつの間にか眠りについていた。デイダラはまぶたを開いて、まず一番に飛び込んできた端正な寝顔に驚愕した。
何だこの状況は。何故サソリがこんな近くに。
しかし、サソリの重みを支えているために痺れて感覚が虚ろな左腕と、指先に薄く残った血の痕を見て、デイダラはすぐに少し前の行為を思い出した。


(……そうだ、オイラ……)


ドキンと心臓が跳ねた。その揺らぎは昨晩に感じた衝撃にとてもよく似ていた。
けれど痛みはなかった。それどころか今度はただ心地よい感覚に包まれるばかりで。

サソリはどうだろうか。同じく痛みは消えただろうか。自分は彼の痛みを拭い去る事が出来たのだろうか。
デイダラはそんな事を思いながら、サソリの目尻に残る涙の跡を右の指先で優しくなぞった。


「……ん……」


すると、小さな声と共にサソリの睫毛が揺らいだ。そしてそのままゆっくりと、塞がれていた瞳が露になる。


「……」
「…………お、おはよう……」
「……デイダラ……?」


何度か眠たげにまばたきを繰り返しながら、サソリはデイダラを視界に捉えた。掠れた声には疑問符。彼もデイダラ同様、状況を直ぐに理解する事が出来ていない様だった。
夢うつつのままサソリはしばらくデイダラを見据えていた。ぼんやりとした寝ぼけ眼は彼の幼い顔立ちをより一層際立たせ、デイダラの胸に更なる刺激を与えていた。
ドキドキ、見たこともないサソリの幼顔にデイダラの心はグラグラ揺らぐ。こんなに無防備なサソリを見たことなんて、今までの日々の中で一度たりともない。

言葉を交わすことはなかった。ふたりは寝起き直後のふわふわとした浮遊感の中でただ見つめ合い、まばたきを重ねていた。
ゆっくりと時間が流れていく。デイダラはふいにサソリを抱き締めたくなったけれど、束の間だった。ついにサソリの瞳に覚醒の兆しが現れ出した。
表情は変わらぬままであったが、輪郭を取り戻した茶色の眼差しには明らかな動揺が纏っていた。
直後、サソリは瞬く間に上体を起こし、そのまま硬直した。掛け布団を握りしめたまま何かを考えているようだった。

デイダラはただサソリの背中を眺めていた。それ以外に何をすればよいのか見当もつかないのだ。
沈黙、硬直、静寂。打って変わったなんとも心苦しい空気がふたりをしんと包み込む。
何か喋った方がいいだろうか。デイダラがそんな事を考えたところで、ふとサソリが振り向いた。
デイダラの程よく引き締まった腹部から、独創的な模様の描かれた胸へ、男性特有の厚みのある肩口へ、そこへ緩やかに流れる金色の長い髪へ、視線がゆっくりと移っていく。
そして視線はついに、デイダラの碧眼を捉えた。ふたつの眼差しが交差する。ただ真っ直ぐに自分を見据える茶色の瞳に、デイダラは時間が止まってしまう様な気がした。

しかし、そんなデイダラのときめきなど露知らず、サソリは素っ気なくデイダラに背を向けた。
そしてそのまま両手で顔を抱え込むと、がっくりと項垂れてしまった。


「……旦那」
「……忘れてくれ」
「は……?」
「夢だ。夢だったんだ全部。全く、タチの悪ぃ夢だ。夢見も悪けりゃ目覚めも最悪だぜホント」


呆気にとられたデイダラなど気にもせず、サソリは自分に言い聞かせる様にぼそぼそと呟いた。計り知れない後悔が目まぐるしく彼を取り囲んでいる様だった。
そんなサソリの言葉と態度を受け、デイダラは鳩が豆鉄砲を食ったようにサソリの背中を見つめていたが、直ぐ様その顔を険しいものに変えた。


「……何だよそれ。アンタ、またそうやって殻に閉じ籠るつもりか、うん」
「お前には関係ない」
「旦那が忘れるつもりでもな、オイラはぜってぇ忘れねぇから」
「うるせぇ」
「忘れちまうなら、忘れられなくなるくらいに抱く。これからだって、何回だって、オイラはアンタを抱く、うん」
「うるせぇっつってんだよ」


馬の耳に念仏。何を言ってもサソリは聞く耳を持たず、デイダラの憤りは益々募っていくばかり。デイダラの眉間には深いしわが刻まれていく。
彼はまたしてもその素顔を厚い化粧に隠してしまうと言うのか。デイダラにはそれが許せなかった。


「言っとくけど、オイラは本気だからな。アンタがひとりで泣くとこなんてもう見たくねぇ」
「……っ黙れ」
「もう絶対ひとりで泣かせねぇ。そんなんぜってぇ許さねぇ、うん」
「ああもううるせぇ!マジでお前黙れっつってんだよ!」
「……っ旦那こそ!目を背けようとすんじゃねぇよ!」


声を荒げたサソリにつられ、デイダラは言葉と共に勢いよく体を起こした。
そしてより近くでサソリを見据えた瞬間、デイダラは現在の物々しい雰囲気に似つかわしくないすっとんきょうな声を零してしまった。


「……へ……?」
「ホント、マジうっぜぇ……。最悪……」


何故なら、俯くサソリの指の間から覗く肌が、赤い髪がふわりとかかる耳までが、サソリの猫っ毛の色と等しく鮮やかに染まっていたからだ。


「……旦那、もしかして、照れてんの?」
「黙れっつってんだろ」


デイダラは全てを理解した。何もかもが照れ隠し故の悪態だったのだと。
そして込み上げるものを感じた。嬉しさなのか、愛しさなのか、到底区別のつけられない高揚とした感情だ。


「照れてんだろ?うわ、なに、めっちゃ可愛い、うん」
「……っぶっ殺す……!」


恥ずかしさに堪えかねたサソリが勢いよく振り向き、デイダラを睨み付けた。しかし残念ながら紅潮したままの顔では殺意の念などまるで見受けられない。
デイダラは気にも留めず、そのまま左手を伸ばし、流れのままに無防備となったサソリの右手をそっと掬い上げた。ふたりの指先に残る赤色が重なった。


「な、んだよ……!」
「止まったな」
「ああ!?」
「血」
「……っそれがどうした」
「うん?良かったなって。だってこれがなきゃアンタにとって大切なもん、動かせねぇじゃん」


未だ痕こそ生々しいものの、サソリの指先の傷は綺麗に塞がり、指先に流れていた鮮血の跡が薄く残っているだけだった。
デイダラは安堵した様に頬を綻ばせると、そこへそっと唇を押しあて、慈しむ様に瞳を閉じた。


「……っ!」


サソリは堪らず、右手を振り払いながら再度デイダラに背を向けた。
あまりに速いその動きにデイダラはきょとんと瞳を丸めるも、やれやれと言った風に息をひとつ吐き、サソリを見据えてそっと微笑んだ。


「サソリの旦那」


名前を呼ぶ。しかし、サソリからの返事はない。


「アンタを抱きながら言った事、全部、嘘じゃねぇから」
「……」
「何て言ったらいいか、よく分かんねぇけど……。でもオイラ、アンタが大切なんだ、うん」


デイダラは真っ直ぐに、真っ白なサソリの背中へと言葉を紡いだ。
本心。嘘偽りのない素直な気持ちだ。
反応を求めた訳ではなかった。そうしたかったから、言いたかったから、その心持ちで言葉を紡いだのだ。
それに対してサソリが何かを言うことはなかった。何も言わず、何をするでもなく、ただデイダラに背を向けたまま。

そして、緩やかに時間が流れていった。言葉もなく、ゆっくりと。
沈黙も回数を重ねると慣れるもので、デイダラは特に何かを意識する事もなく、ただサソリを見つめているだけだった。


「……うん?」


すると、サソリが動いた。
そろそろと、自身を包み込むように両手を胸の前で交差させて。

そしてサソリは指先から青白いチャクラ糸を紡いだ。行き先はデイダラ。額から指先まで、体のあらゆる所に糸を繋げた。
デイダラは疑問符を浮かべるばかりだった。サソリの意図が汲み取れない。
まさかこのまま、彼の独特な掛け声と共にぶん投げられてしまうのではないかと、不吉な予感が脳をよぎり、歯を喰いしばりながら身構えた直後。
サソリの指先が器用に動き、合わせてデイダラの体が得体の知れない浮遊感と共に自由を失った。

そのままデイダラの体はサソリへ向かっていった。ほんの少しの距離を埋めて、胸と背中がゆっくりと触れ合って。
そして両腕が控えめに広げられたと思ったら、そのままデイダラの腕はきゅっと、彼よりもほんの少しだけ小さなサソリの体を優しく包み込んでいた。

デイダラは驚愕し、固まってしまった。
導かれた先がこれだ。サソリを抱き締めている。触れ合う肌の温もりがやけに鮮明で、暖かい。

まさか、彼が求めていたもの、その願いとは、もしかして。

脳を支配したひとつの答えにデイダラは動く事も出来ないまま、呼吸の仕方さえも忘れてしまった。
サソリの指先は傀儡を操る時のそれとまるで同じだったけれど、こんなにも壊れそうで繊細な動きなど、こんなにも儚くて悲しげな指先など、今までに一度だって見た事がなくて。

サソリの中にあるたったひとつの真理を捕らえようとしたその時、プツリと糸が千切れ、デイダラはガクリと力が抜けて後ろによろめいてしまった。
無造作に倒れる。けれど、シワだらけのシーツの上で、デイダラはそのまま途切れた思考と呼吸を必死で繋ぎ合わせていた。
ゆっくりとサソリから剥離していく折、デイダラは肌が離れた瞬間にサソリの体が小さく震えた事を、決して見逃してなどいなかった。

デイダラは起き上がり、サソリを見据えた。そして手にした真理の元、膝立ちに体勢を立て直すと、そのままサソリを真後ろから大きく、包み込むように抱き締めた。
右の首筋に顔を埋めて、ただ強く、ただぎゅっと。サソリをただ抱き締めた。


「……暖かい」
「……」
「暖かいな、うん」
「…………そうだな」


デイダラはこれ以上何を言う事も出来なくて、サソリをきつく抱き締めたまま、口を一文字に強く結んだ。
サソリの震えた声をもう一度聞いてしまったら、泣いてしまう。堪えられない。そんな気がして。

サソリが同じく唇を噛み締めながら、既に頬を濡らしている事に、デイダラはいつ気付くだろうか。





fin





ピエロの頬に描かれた涙には愛されたいという願いが込められているんですって。
諸説ありますけど。
それを知った時の空野のたぎりっぷりと言ったらね!
すんげぇ気持ち悪かったよ!!(爆発)

まあこれは荒れて薬品棚ガシャーンてしてメソメソする旦那としょっぱいエロと最後のむぎゅーってやつが書きたかっただけなのです。
ん?全部じゃねーか。

濃厚エロ期待してた方はほんとすいやせん!
よくあるホモい話でした!





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