※サソリさんをデイダラさんが(性的な意味で)慰めるお話。
※デイダラさんクサイ。臭いではない。
※旦那は強いの!泣いたりなんかしないもん><!って方は見ちゃいけません。
※読んでると口から何か出ます。
※でも苦情は言わないよ、飲み込んでやんよ!って割り切れる方だけ読んでください。


ピエロの涙


何かが割れた。壊れてしまった。そんな鋭く派手な音を聞き、デイダラは目を覚ました。
それは壁一枚に遮られたすぐ隣、向こう側、サソリの部屋から聞こえたものだった。
デイダラはぼんやり、夢うつつながらも訝っていた。物静かで慎重なサソリが、日常において大きな音を立てる事など今まで無いに等しかったからだ。
何かあったのだろうか。デイダラはのろのろと歩みを進め、サソリの部屋を訪ねていた。


「だんなぁ……?」


ノックをして声をかける。しかし、サソリからの返事はなかった。


「……なぁ、すっげぇ音したけど、アンタ何したんだ?入るぞ、うん」


デイダラは返事を待たずしてドアを開けた。施錠されていなかった事にも驚きだったが、それ以上にデイダラは瞳に映ったサソリの姿に、その背景に目を丸くさせられていた。
サソリは腰を降ろしていたのだが、両腕は力なく垂れ、立てた両膝に顔を預ける事こそ無かったけれど、それでも弱々しく項垂れていた。
赤い髪の間から覗く横顔には表情などまるで無く、いつもの凛とした覇気さえも全く感じられない。
サソリの足の先にはガラスの破片が無惨に散らばり、何色とも形容しがたい液体があらゆる形でいくつもの水溜まりを作っていた。

デイダラは右の壁伝いに備え付けられている薬品棚を見やった。
そこにはいつもの様にガラスのビンに詰められた薬品が無造作に並んでいたのだが、その中のある一角がごっそりと抜け落ちていた。
元来そこにあったはずの色とりどりな薬品は見当たらず、代わりにガラスの破片が所々に散らばって、ポタ、ポタ、と、床に零れ落ちている液体と同じ色のものが静かに滴っている。
デイダラは左側、棚の正面に座り込んだままのサソリへ視線を戻した。彼はどこか一点を見つめたまま、微動だにさえしていなかった。
そしてデイダラはサソリの右の指先に絡む鮮血に気付いた。真っ赤なそれは床の上で歪な形に広がっており、その色をはっきりと際立たせていた。
サソリは恐らく素手で薬品棚を掻き荒らしたのだろう。デイダラは悟り、ため息をひとつ吐いた。そしてサソリの元へ歩み寄ると、彼の右手の先にしゃがみ込んだ。


「ずいぶんと派手にやったなぁ……うん。らしくもねぇ」
「……」
「つーかさ、自分の物をグッチャグチャにすんのは勝手だけどよ、大切にしなきゃいけねぇもんだってあるんじゃねぇの?傀儡師サン」


命とも言える指を自ら傷付けてしまうなんて、一体何をやってるんだか。デイダラは呆れる。しかし、その胸中にはサソリに対する情が微かに芽生え始めていた。
どこか皮肉混じりなのはデイダラの性根。彼は彼なりに、サソリを心配している。

言わずもがな、サソリとデイダラは忍だ。つまり、彼らは任務の有無など関係なく、常に死と言う存在を背中合わせに感じながら日々を生きている。
特にサソリは冷静で思慮深いタイプだ。そんな彼が、いつ何が起こるかも分からないこの世界で、リスクを省みずに大切な場所を傷付け、血を流した。
らしくもない。だからこそ気にかかる。サソリを突き動かした衝動の根底に一体何があったのか。現状、デイダラにそれを窺い知る術はない。

少しの沈黙。デイダラの言葉にサソリが反応する事など無かったためだ。
デイダラにのし掛かる重い空気。それを紛らすように彼は再度ため息を吐いた。そして左手をそっと伸ばしてサソリの右手を取ると、一先ずその状態を確認した。
血は止まっていないものの、勢いは無い。しばらくもすれば止まるだろうと判断し、デイダラは手を離そうとした。


「……へ?」


しかし、それは出来なかった。
何故ならサソリが弱々しく、離れようとしたデイダラの指先を追いかけ、己のそれをきゅっと絡ませたからだ。
全くもって意味不明。デイダラはただ呆けるしか無い。


「……なに?」
「…………欲しかっただけなんだ……」
「うん……?」
「……忍だとか、傀儡師だとか、そんなものはどうでも良かった。俺が傀儡を作ったのは、強さや勝利を得るためなんかじゃない。ずっとずっと、俗世に抗うことなんか出来ないと分かっていても、それでも俺は……、おれは……」


そして、デイダラは度肝を抜かれてしまった。
サソリが何の脈絡もなく饒舌になったかと思えば、今度はそのまま瞳を滲ませ、一筋の涙を流したのだ。


「だんな……?」
「……だけど、何もない。欲しい時に、欲しいものは手に入らない。ただ冷たいばっかりだ。……そんなこと、いちばん最初に傀儡を作ったあの時から、俺は分かっていたはずなのに……」


サソリは語りながら、ついには膝に顔を埋めてしまった。小さく、小さく、微かな泣き声が聞こえてくる。
そんな彼の過去など知り得ないデイダラは、口を閉ざしたまま何も出来ずにいた。簡単に振り切れるはずの左手を、離すことさえ。

サソリが過去に何を求め、今この瞬間まで生きてきたのか。長い年月を共に過ごす中で、デイダラは聞いた事などまるでなかった。
興味がなかった。関係ないものだと思っていた。デイダラにとってサソリはツーマンセルの相方であると言うだけで、それ以上でもそれ以下でもなくて。
だから、彼が最初に作った傀儡が何であるのかも、それにどんな願いを込めていたのかも、デイダラは知らない。
サソリが傀儡を操り舞う様を、デイダラはただ傍観しているだけだった。彼の心を深く傷付けた、あまりに悲劇的な運命など、知る由もなく。

デイダラはサソリを尚も見据える。小さく震える体が何故だかとてもか弱いものに思えて、その瞬間、デイダラの心臓が衝撃を受けた。


(あ、れ………?)


それは何よりもの鋭さを持って彼の心を突き刺し、痛みを与えた。
触れ合う指先が熱を帯びていく。経験した事のない不透明な感覚に、デイダラは思わず泣きそうになった。
悲しいからか、苦しいからか、痛みの正体などまるで分からない。けれど、デイダラは左手を離す事が出来ないと、離す事などしたくないと、強く、強く、思ってしまった。
もしもこの手を離してしまったなら、サソリは永遠の中にひっそりと埋もれ、見えなくなってしまいそうだった。
もう二度とサソリの体温に触れられないような、彼の傍に居る事すら出来ないような気がした。
出来るならこのままずっと、彼に触れていたいと思った。このままもっと、彼の深みにまで触れたいと思った。
彼の痛みにさえも触れて、願わくばその全てを掬い上げてしまいたいと、デイダラは指先に力を込めた。

デイダラの胸中を知ってか知らずか、サソリの鮮血はデイダラの指先をじわりと染めていくばかり。
その熱に、色に、デイダラは溶けてしまいそうだった。寧ろすでに溶けてしまっているかの様だった。
赤く溶けて、ふたりはひとつになっているかの様で、痛みさえ共有出来そうで。

デイダラはサソリの頬を撫でて顔をあげさせると、何を考える隙もなく、その唇に口付けていた。
サソリがそれを拒む事はなかった。











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