体温


彼の体が痛みすら感じない造りものであると知ったのは何時の時だっただろうか。思い出せない。
記憶の欠片を手繰り寄せてもそれは全て指の隙間からさらさらとこぼれ落ちて行くばかりで、ひとひらの思い出さえ抱きしめられずにいる。
いつの間にか自分の中で当たり前になっていた事実。彼を創造するすべては熱を持たず、ここに在るだけ。

そう、例え、今こうして自分に組み敷かれているこの状況でも。


「……何の真似だ」


彼の細い指先が操る人形を、彼は真剣な眼差しで見つめていて。その横顔の美しさに、気づけば彼の手首を握り締めて押さえ付けていた。冷たい床に。同じように、冷たい手首を。
彼は眉ひとつ動かさずに自分を見据えている。彼自身のものなのか、単なる造り物でしかないのか、区別さえ出来ない程に美しく整った双眼で。その茶色く澄んだ眼差しで。


「傀儡のメンテが残ってんだよ。さっさとどけ。邪魔だ」
「……」
「聞いてんのか、デイダラ」
「…………旦那」
「あ?」
「オイラ……、どうしたらいいか分かんねぇよ、うん」
「あぁ?」
「旦那…………」


右手は迷子のように彼の頬へ。冷やりと、無機質な感覚だけが指先に触れる。彼の視線が後を追う。けれど、彼は何も変えずにまた自分を見据えた。


「……無駄だ。俺は何も感じない。痛みも、快楽も、全てだ」
「……分かってるよ」
「お前を満たす事も出来ない。お前を受け入れる場所もない。せいぜいお前の自慰の手伝いが出来るくらいだ」
「……分かってる……っ」
「分かってんならさっさとどけ。いつまでもこうしてたって仕方ねぇだろ。それとも何だ?今から自慰でもするってのか?何でもいいが後にしろ。メンテが残ってんだよ」
「…………っ」


冷たいのは彼の肌だけではない。
彼の言葉も、彼の眼差しも、触れる床さえ、温もりなど無かった。ひやりと肌を刺激して終わる。何も残らない。何ひとつも、残らない。

分かっていた。組み敷くこの体に、そっと触れた頬に温もりなど無いと、それ以前に、意味の無い事だとも、すべて。何せそれはすぐ隣に、当たり前に在る事実だったのだから。

けれど、だからといって抑えられるはずもなかった。彼の無機質な肌に触れずにはいられなかった。彼の冷たい頬に触れて、そして、求めずにはいられなかった。

確かに自分は今この瞬間も、眼下に居る彼を慕い、敬い、愛してしまっているのだから。

ポタ、と、雫がこぼれる。
少しの温度を孕んだそれは彼の頬を流れ落ちて、そこに重ねたままの自分の右手に、指先に、ゆっくりと触れた。


「……ひっく、……ぅ……」
「……」
「だん、な……」
「…………泣いてんじゃねぇよ、クソガキ……」


ポタポタと、彼の無表情へ雫が落ちる。その度に右の指先を微かな温もりが濡らしていく。きっと彼はこの雫がもつ温もりさえも、感じてなんかいないのだろう。
彼の肌は温度を持たない。彼の肌は感覚を持たない。それは彼が追い求めた理想の姿。彼が彼である証。


(……でも……っ)


それでも、感じて欲しい。唯一残った心のパーツで。ドクドクと脈を刻み続けている、その左側で。この雫が持つ温もりを。この意味を。どうか。
そう願ってしまうのは、やはり傲慢であるのだろうか。


「…………これだからガキは嫌いなんだよ」
「……っ……」
「ところ構わず泣きやがって。みっともねぇ」


辛辣な言葉を浮かべて、彼は眉間にしわを寄せた。とても不機嫌そうな顔。彼が傀儡であることを忘れてしまいそうな程に、歪んだ表情。


「だん……」
「忍びなら忍べ。涙なんか見せてんじゃねぇよ」


そして、彼を呼ぶ自分の声を遮って、彼はそっと左手を伸ばした。
直後、右頬に触れたのは冷やりとした彼の感覚。まるで壊れ物を扱うかのような優しい指先と、親指に拭われた温かな雫。


「……だ、んな……」


刹那、ガラス細工のような茶色い彼の瞳が、歪んだままの彼の表情が、揺れた。
それはひどく切なげに、ひどく悲しげに。


「……っ……!」


抱きしめた。
彼の背に腕を回して、彼の左の首筋に顔を埋めて、不恰好になりながらも、きつく。壊してしまいそうな程に、壊さないように、強く。
相変わらず冷たい体。けれど、彼は確かに此処に居て、自分の指先は確かに彼に触れていて。
さらさらとこぼれ落ちて行くことなんて、決して無かった。


「…………旦那ぁ……」
「……」
「好きだよ、うん……。好きだ……好きだ……好き……」
「…………うるせぇ」
「好き……好きなんだ……、うん…………」


それから彼は何も言わずに、何もすることは無かった。ただ、彼の左側で脈打つ鼓動だけが、自分の右側へひどく鮮明に伝わってきて。

何となく、きっと彼にもちゃんと伝わっているのだろうと、そんな気がした。自分の左側の鼓動も、流した涙の温もりも、自分が抱く切なる想いも、すべて。
だって今、抱きしめている彼に、触れる床に、自分の体温が移っていて。
冷たかったはずのそれらが少しだけ、本当にほんの少しだけ、微かな温もりを帯びているから。

彼を創造するすべては熱を持たない。熱を持たずに、ここに在るだけ。
けれど、たったひとつ、たったひとつだけ。彼の心は、彼の心だけは、そんな事は決して無いのだろうと。

そう、思えた。





fin





旦那は優しいんです。
デイちゃんがこれ以上傷付かないようにあえて突き放してみたんです。
でもデイちゃんの泣き顔を見て心がキュンってきちゃったんです。
だから抱きしめられていたんです。デイちゃんの体温が移るくらい長い時間ね!
旦那はデイちゃんに対してデイちゃんみたいな好き好きーっていう感情はないけど、
でも旦那にとってデイちゃんはただの相方ってだけじゃなくて、ちゃんと特別でずっと大切にしたいって想っている存在なんですよ。
出来るならデイちゃんの全部を受け入れてあげたいけどそれが出来ないから旦那も旦那なりに考えてデイちゃんがこれ以上傷付かないように(ry

っていう解説がなければ良く分かんないお話でした!(爆発)


まあいい。結局は自己満なのだから(爆発)

デイサソhshs!





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