厚い雲が晴れ渡る空に広がる。少し冷たい空気の中で、朝の喧騒が片隅に聞こえた。
視線を移せば、同じように空を眺める人々が。名も顔も知らない赤の他人だ。それでもどこか穏やかな気持ちになるのは、きっと同じものを求め、眺めているからなのだろう。
喧騒が途切れる瞬間、訪れる短い沈黙の中で、彼らの吐息が聞こえてきそうで、その高揚さえも伝わりそうで。

脳裏にふと、彼がよぎる。ここには居ない、彼の姿が。

彼も見ているのだろうか。雲が覆うこの空を。やがて形を変えて輝く太陽の光を。
彼は何を思うのだろうか。雲が覆うこの空に。やがて形を変えて輝く太陽の光に。

景色が徐々に温度を失う。ゆらゆらと燃え続ける太陽へ、雲と月のヴェールがかけられた。大地に落ちる輝きが、ゆっくりと力を無くしていく。

そして、重なった。
太陽はゆらゆら燃えたまま、中心に影が作られた。
厚い雲の向こう側に、金色のリングがひっそりと浮かぶ。

その光景はただただ綺麗で。
他の言葉は見つからなくて。
焼け付くような眩さに目を細め、空を見上げて立ち尽くした。

きっと今、目の前に浮かぶたったひとつの輝きを誰しもが求め、眺めているのだろう。
手に入れられないと知りながら。触れられないと知りながら。
綺麗な薔薇にはトゲがある。あのリングには全てを焼き尽くす灼熱が。美しさの裏側には、いつだって残酷な真実が存在するのだ。
瞬きの合間に残る光。まぶたに映る残像が、ほんの少しだけ痛みを孕んだ。

空に背を向け、歩みを始める。点滅する視界を瞬きで誤魔化した。
そこに、小さな振動。ポケットの中で震えるそれを開けば、ここには居ない彼から電波の手紙。


『結婚しよーぜ。なんつって』


添えられていたのは、永久に輝く太陽の指輪。

胸が熱く揺れたのは、ゆらゆら燃える太陽のせいだろうか。
俺の瞳から熱を伝え、心を焼いてしまっているのだろうか。

違う。俺はちゃんと知っている。
今、俺の心を焦がしているのは太陽ではなく、確かに彼である事を。
同じ空を見上げ、形を変えた太陽の光に、俺を重ねた、彼。

太陽は手に入れられないと知っている。触れてしまったら灼熱に焼かれ、灰になる事も知っている。
それでもいつかは燃えてしまうこの体。それならいっそ太陽の指輪を受け取って、薬指を奪われるのも悪くない。


『うるせーばか。本物よこせ』


ヴェールがゆっくりめくられた。緩やかに暖まる空気の中、大地に佇む俺の元へ、光のキスがそっと降る。





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