堕天使の産声


初めて出会ったのがいつだったかなんて明確には覚えていない。
風の便りでビジュアル系が好きな奴がいると聞いたものだから、話が合いそうだと思って昼休みに教室を訪ねたのだ。

一目で分かった。
絶対にあいつだと。

教室の青々しさを見事に跳ね退け、ひとりだけどこか異色な空気を纏っていて、加えて端正な顔立ちがミステリアスな雰囲気を醸し出しており、若干浮いてもいた。

単純に興味を持った。
ビジュアル系はおろか、バンドブームすら過ぎ去ってしまい、今や世の中はアイドルが闊歩するような時代だ。
その流行の波に流されず、自分の焦がれた音に自分を染めている彼は、俺にはとても魅力的に映っていた。

彼が好む音はどんな音だろうか。
見た目でいけば単純にコテコテ系だろう。オサレ系ではない。デスボは出してもシャウトはしなさそうだ。
歌詞?メロディー?音?何にこだわりを持っているんだろう。
好きなバンドは?ライブには頻繁に行くのだろうか?好きなブランドは?
何から話そうとか、うざがられたりしないかなとか、一緒にライブとか行けたらいいなとか、バンドは組んでいるのかなとか、聞きたい事が沢山あって。
俺は変に緊張しながら彼の席に近づいた。


「よっ」
「……っ?」


俺は緊張を悟られぬようあくまでラフに、自分の席に座っている彼へ声をかけた。
彼は驚いたのか大きく肩を揺らし、黒いライナーで縁取られた瞳を見開いた。
まあ知らない奴に、しかも馴れ馴れしく話し掛けられれば当然だろう。

俺は近くの空き机に浅く腰掛け、話を切り出した。


「ビジュアル系好きなんだろ?俺もなんだ」


一体どんな反応が返ってくるのかと思っていたら、彼はそのまま頬を染め、コクりと頷いた。


(……なんか、こいつ…………)


人見知りなのだろうか。
彼は見た目とは裏腹な幼子のようなリアクションをとって。
端正な顔立ちのせいか、素直に可愛いと思った。


(……って何考えてんだ俺)


「……す、好きなバンドとか、そういうのあんの?俺だったら、あれ、ドリームオブライとかめっちゃ好きなんだけど」


気を取り直して本題に入る。
ビジュアル系を語る上で、この質問は1番重要なのだ。

ビジュアル系と言えどその中でもジャンルは様々で、重い音に這うようなメロディーが軸だったり、反対に弾むようなポップな曲を主体としていたり、歌詞においても何を基調としているかでバンドはガラリと変わる。
それぞれのバンドが主張する色が普通のJ−POPとは違いとてつもなく濃いため、それに染まる人間も音楽の好みにはこだわりと偏りが生まれやすい。

早い話が、好きなバンドの趣味や傾向が合わなければ、ビジュアル系が好きと言えども個性がぶつかり合い、分かり合うことは難しい。
むしろ不可能と言っても過言ではないのだ。

俺の問いに対して何も言わない彼に緊張が再度顔を出す。
この沈黙の間に、端正な顔の下で何を考えているのかがさっぱり分からず、一抹の不安がよぎった。


(うーん……。……もしかして、ドリームオブライはあんま好きじゃない感じだったかな……)


消極的な答えが俺の脳を支配する。
しかし次の瞬間、彼の深い色に染められた唇がゆっくりと動きだした。


「偽りの夢を……愛している」


初めて聞く彼の声はとても澄んでいて、濁りのない高めで艶のある声は、ずっと聞いていたくなる程にひどく魅力的だった。


(……声、綺麗だな…………)


その声が紡いだ音は全くもって理解不能だったけれど。


(……でも、今……何つった?)


「……ごめんけど、もっかい言ってくれる?」
「……偽りの、夢」
「…………」


自分から話を振っといて、しかもわざわざ答えて貰ったというのはちゃんと分かっているし、嬉しいとも感じている。
しかし、分からないものは分からなかった。

またもや沈黙が流れ、頭を捻る。
そもそも彼は人の話をちゃんと聞いていたのか不信に思い始めた折、同じ教室内にいた女子が苦笑いしながら俺に話し掛けてきた。


「あのね、伊達君て、ビジュアル系好き過ぎて、話す言葉もビジュアル系っぽいのしか使わないの。ちょっと理解するのは簡単じゃないかも」
「あ……そうなんだ…………」


そして苦笑いしたまま元いたグループに戻っていく。

俺はそこまでビジュアル系に染まれるのが逆に凄いと感心してしまった。
改めて伊達、というらしい彼を見やる。
伊達はボーっとしていてどこか一点を見つめており、他に口を開こうとはしない。

こうなったら伊達の言葉を解読するしかなさそうだ。俺は先程の伊達の言葉を反芻した。


(……えっと、偽りの夢、だろ)


(……あれ?……つか、それって、……まさか)


それだけではあまりに脈絡のない言葉に思わず疑問符が浮かんだが、そういえばドリームオブライのバンド名の由来が、偽りの夢だったことを思い出した。
これは間違いないはず。
俺は弾きだした答えを目の前で未だにボーっとしている伊達に投げ掛けてみた。


「…………ドリームオブライ、好きなの?」


案の定だった。
伊達は照れたように視線を逸らし、不自然に唇を突き出して小さく頷き、俺の言葉を肯定した。


「……マジで?」


嬉しかった。
まさか同じくドリームオブライが好きだったなんて。
好きなバンドがピンポイントで被ったことに、俺は高揚感を覚え、それを隠し切ることが出来なかった。


「伊達っつーの?名前?」


確認の意も込めて、俺はまた伊達に言葉をかけた。

しかし伊達は一瞬ピク、と反応した後、数秒間動きを止め、それから閉ざされた口をゆっくりと開き始めた。
俺はその一連の光景に何故か緊張してしまい、ゴクリと喉が鳴ったのが分かった。


「…………ダンテ」


(………は?)


彼の口から紡がれた音は、またも理解不能だった。

俺は確かに名前を問うたはずだった。
そこに帰ってきた言葉がこれ。


「……ダンテ?」


とりあえず伊達の言葉を復唱してみると、伊達は手を広げて自身の胸に翳した。


「……ダンテ」


そしてゆっくりと頷いている。

疑問符が頭に浮かび、とりあえず俺は再度伊達の言葉を反芻した。


(えーと……、ダンテ?……ダンテ、ダンテ、ダンテ…………)


(……伊達マジ意味わかんねぇー……)


(ん?伊達?……だて、だて、……だんて…………ダンテ……)


(……ダンテって、伊達のこと?)


「……お前、ダンテ?」


俺は半ば投げやりな気持ちで伊達を指さすと、伊達はゆっくりと頷いた。


(こ……こいつめんどくせぇ!)


中々パンチのきいた奴だと唖然とする。

そのまま何度目かの沈黙が訪れ、俺はもうどうしようかと迷ってしまった。

しかしその刹那、ダンテは俺に向けて手の平を差しだした。


「ん……?」
「堕天使の名を……」


ダンテはボソッと呟いて、はにかんだように笑った。

その端正な顔立ちと艶やかな声に何故か俺も頬がポッとあつくなって。


「……ろ、…………ロダン……」


気付けば俺の唇は勝手に言葉を紡いでいた。

何でこんな風に名乗ってしまったのだろうとか。
何で彼の言葉を一瞬にして理解することが出来たのだろうとか。
そもそも何でこんなに胸がドキドキするのだろうとか。

全然分からなかった。
そのすべてがドリームオブライが好きなやつに出会えた喜びからだろうと思っていたけど。

俺がその本当の理由に気が付くのは、もう少し時間が経ってからとなる。





fin





好きなバンド被ると嬉しいよ。
つか勝手にロダン君ドリームオブライのファンにしちったw


「堕天使の名を」は君の名前は?っていう風に捉えて下さい。
ダンテ君の言葉考えんのもめんどくせぇ。

シノケン=田名部。





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