chloe







終着点未詳2



※謙也高3財前高2の3月ぐらい
side:kenya.O


 いつだってあの目が怖かった。多くを口にしない彼が向ける視線は、オレを捕らえるから。口ほどに物を言うのではなく、彼の全てはそこにあったように思う。
 思えばオレは近づきすぎてしまっていたのだ。そのために焦点を合わすことも出来なくなり、ただ隣を漂う「しっくりくる」を形にしたような空気に浸っていた。それはもう空間としての意味を通り超えて、呼吸に等しく思えるくらいになっていたのだけど、そのことに気づけるまで、それは存在を忘れてしまうほど当たり前に与えられた空気だった。

 彼をそういう意味で好きになったのはもう3年も前だったけれど、当時からそんな想いを口にできるほどオレの心臓は強くなかったし、ただただ続いていく毎日はこれ以上望むものも無く幸せだったと覚えている。彼に彼女が出来た時も悲しいと思わないわけではなかったけれど、それでも顔を合わせ、他愛のない話をして、ふざけ合って、同じコートを走って、そんな平凡な毎日を崩されることはなかったし、彼はオレのことを少なくとも好意的に思っていてくれたから充分過ぎた。好きな人の幸せが自分の幸せなんて殊勝なことは思えやしないけど、本当に、同性の後輩を想ってしまったオレは、一生分の幸せがあそこにあったようにしか思えずにいる。
 だからだろうか、彼に同じように思ってくれていると告げられた時は、心臓に酸を掛けられたように焼けるような痛みと、爛れた皮膚の冷たいような感覚に全身が熱かった。嬉しくないわけがなかった。ずっとずっと好きだった想いを交わすことが出来るなら、オレは見る間もなく溶けきってしまうだろう。けれど同時に思うのは、彼と彼の彼女だった女の子たちだった。あんなに好きだと言っていたのに、今彼女たちはどこにいるのだろう。終わりは必ずあるのだと言われるような焦燥。
 もちろん彼の言葉を疑っているつもりはなかったけれど、確率の問題で可能性が少しでもあるのなら怖くて仕方がなかった。もし、オレたちに亀裂が入ってそこから膿んでしまったら、あの頃には返れないと思ってしまう。だから、例え惰性と罵られても今のままでいたいのだと告げた声は上ずった震えたものだった。恋にさよならを知るから、友情には終わりはないと思いたくて、確証のない暗示の中に巻き込もうとする自分が弱い。
 閉じた戸の向こうに彼を残して、息を吐けば次の息は吸えなかった。引き攣ったように短く飲み込んだのは呼吸だったのか溜息だったのか分からないけど、彼の歪んだ目がオレを乱していく。背中にあるのはたった数センチの薄い戸なのに、遮られたのは視界ではなく、どうしてどうしてと叫ぶ雄弁すぎる鴉色の目だった。顔さえ背けてしまえば、これ以上あの目に揺さぶられるようなことは無いはずだから。
 静かだったけれども戸の向こうの気配は相も変わらずそこに止まったきりの沈黙が重い。彼の想いを自分の臆病さで無下にしたオレを、彼は嫌うだろうか。そうなれば線引きをしたのは間違いなくオレ自身だ。恐れていた終わりを迎えてみると、あまりの虚しさに吐き気さえ湧きあがる。

 わかっていた。これまで通りなんて言ったところで、きっとそんなこと出来やしないのも、彼自身そのことに気づいて、繋ぎとめようと声をかけてくれたのも、彼がずっと泣きだしそうだったのも、オレが気付いてあげなくちゃいけないのも、オレがずっとその言葉を期待し続けてそれでも見ないふりしてこの日が来たことも、全部全部わかって出来ないことにしてきた。彼が、光が、言えない言葉を視線に含ませるのも、それは声になることはないと、思っていたのに
「謙也さんの側にいたいんすわ」
あの目がそう言ったように、泣き声が聞こえる。
 普段の毒舌で傍若無人な態度と反するように、心根は細やかで人の機微に敏感で、それでも感じることと行動することに差異が大きく不器用で、自分の感情とか気持ちとか考えていることとか、そういうもの全部、上手く口に出せない光。音楽を作るのが言葉の代わりのように思えたのは、誕生日に貰ったCDを聞いた時だっただろうか。始めは見えない感情を拾い集め、光を知っていくことが楽しかったのに、その中に落ちたら、溺れてしまうしかないと気付くのに時間はかからず、そのときにはもう溺れていた。
 ならば溺れないようにと引いた線だったのに、吐露された言葉に、それはもう無意味になる。光の全てを湛えたあの双眸から零れ落ちてしまうソレを放っておけるはずがなかった。箍が外れたように溢される言葉は、いつものような終始一貫の論理も、難しい単語一つに含意されるまとまりもなく、滔々と止まらない湧水だった。伸ばした指先が触れて優しく滲んだのは、オレにしか拭えないものだったと思いたい。

 いつかターミナルについたら、次はどこへ行こうか。


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