chloe







隣家の青芝



※謙也不在で光とオリキャラの話


 鬱陶しい女がいる。空気の読めないばか騒ぎの好きな女だ。女子特有のベタベタとつるむことをしたがらない、さばさばというよりがさつな質をしていた。なんでかは分からないが女子連中には持て囃されながら、陰口も叩かれている。体よく祭り上げられ、やたらと委員を押しつけられるアホな奴だった。
 そいつが放課後の図書室で偶然居合わせたとき突然言ったのだ。
「うちは同性愛とか偏見無いから。」
オレは気持ちが悪かった。親しくも無い、そんな女に言われたことに身に覚えがありすぎたから。こいつは何を知っているのだろう。どこまでわかっているのだろう。自分の中でさえ処理の間に合わない感情を覗かれたようでイライラした。
「人を好きになるんに、だめんなることなん、何もないと思うし」
「そ、なんか借りんの?はよ鍵閉めたいんやけど」
「なんや冷たいなー!もうちょい待っといてや」
それから詩集を二つ借りて帰っていった。
 一人になった図書室の鍵を締めて、廊下の窓からテニスコートを覗いたけれど、探している人がいるはずもない。彼は今年の春から高校生になったのだから当たり前だ。もう夏だというのに、学校のどこを探しても彼を見つけられないということに、未だ慣れないでいる。彼のいたフロアに教室が移っても、階段を一つ上がろうとしてる自分の前に階段は伸びていない。
 なんてことのない時間が回って、全力で駆けた夏が終わった。らしくもなくがむしゃらなることだけが救いだった。そうしてこの淋しさをやり過ごさなければ、オレは本当に息ができなくなると恐れていた。感傷的になって安い自己陶酔に浸るのは心地いいけれど、もれなく置き去りにされる。
(誰に?)
わけもなくケータイを握っている時間が増えた。この手のひらに収まる機器だけがオレを繋いでいる。
「…謙也さん」
 教室、廊下、階段、踊り場、放送室、下駄箱、なんてありふれた背景。不意に放送室のドアが開き女子が走ってくる。放送室に、あんな奴見た記憶がない。今年からの委員だったら当たり前だ。オレのなかの記憶だけがあの頃のままでいる。それから放送室に足を向けたのは何となくだった。謙也さんがいるだなんて思ったわけではない。ただ少し行きたくなっただけだ。理由はない。
 ぎぃ、音を立てたドアの中に佇む人に目をやる。鍵が開いてるのだから誰か居るに違いなかったのに、それを失念してた自分が間抜けすぎる。
「財前…?」
振り返ったのはさっき図書室を追い出したばかりのクラスメイトだった。運が悪いというか、ほとほと自分は間抜けだった。
(こいつ放送委員やった)
「どないしたん?放送室なんか来て」
「……鍵、閉めんと出てったやつがおったから気になっただけや。自分おったみたいやからいらん心配やったな」
そのまま帰ろうと踵を返すと、ケラケラ笑う声が聞こえた。
「親切なんやな。……なぁ、」
それからいやに神妙な声で言ったあいつの言葉の真相ってやつを、後日知ることになる。

 次の日教室へ行くと、いつもは騒がしいだけの教室が、コソコソという耳打ち話しが広がり異様な雰囲気を出していた。前の席の奴が振り返り適当に挨拶を済ませていると、噂になってんだけどさと前振って「あいつ」と指差された先にいたのは放送委員のがさつな女。
「なんか、レズらしいんだと」
「昨日四組の古川が告られたとかって聞いたわ」
口々に出てくるそんな言葉に、無性にイラついた。自分のことでもないのに、と思いながら、実際はオレ自身を笑われているようで、怖くて苦しかった。かろうじて口から出たのは「指さすなや」なんて冷たい言葉。
 『……なぁ、あの子、泣いてへんかった?』
 噂はあっという間に広まって、好奇の目で見られながらもあいつはいつもどおりだった。オレは一日謙也さんに会いたくて、ポケットに入れたケータイをずっと握ったままだった。
(泣きたいのは、自分だったんとちゃうんか?)
 放課後、空になるはずの教室に影は二つ。窓際でサッカー部の声を聞きながら、教室の真ん中辺りの席で詩集を開くあいつを眺めていた。西日の差し込むおかげで空気は怠慢の色を帯びて、気だるい。
「こういう時は気ぃ利かせて一人にさしてくれるもんやないの?」
視線は変わらず詩集をなぞっている。
「それとも出来の悪い同類を慰めてでもくれるん?」
「………その同類て何やねん」
「………自分は勝ち組とでも言いたいん?」
そこで初めてオレを見たかと思えば、美人でもない顔をもっと歪めてぼろぼろと泣いていた。声だけは上げないように、下唇を噛んで潰れた息が湿っぽい音を立てる。悲哀や憎悪より、彼女が感じていたのは諦観や絶望だったのだろう。
「財前みたいになりたかった」
 吐き出された言葉はあまりに切望されていて、オレを幸せだと思うなとは言えなかった。ケータイを握る手がひどく汗ばんでいる。この縛り付けられるような緊張が謙也さんに届けばいいのにと、的外れなことを思う。謙也さん、謙也さん、オレがいくら彼を呼ぼうとここにいるのは二人だけで、オレも彼女も一人だ。オレのようになりたいなんて言ったって、どうにもなりはしない。
「なんでオレのこと知ってたん?」
ぐずぐずと顔を拭いながら、雰囲気でわかると宣った。オレ自身でさえ名前を付けることを躊躇い、腫れ物にしてきた感情をそんなにあっさりと断定されるだなんて心外だった。雰囲気だけでオレの心情を読み取れたなんて腹が立ったし、何より分かっていたのなら、
「オレみたいになんて、なりたいわけないやろ」
認めることさえできない心の渦をどうできたというのか。

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