chloe







電波謙也



軽い説明
仕事に行き詰った光の前に現れた謙也をなんとなく持ち帰ってしまって同居してるんですが謙也くんにお迎えが…みたいな流れです

▽瞬いて、
▽君の名を歌う
▽星は流れた
▽焦げ付いた砂糖
▽滲む境界
▽夢か現つか











▽瞬いて、
趣味で作ってた曲が評価されて、トントン拍子で話が進んで一応プロの作曲家って云うものになれたのが一年前
肩書きだけ手に入れて、その後は何もなかった
何を作っても「うけない」で切られるだけで、望む音は鳴らない
仕事もない、情熱っていうものもない、楽しみなんて疾うになくした
食いつなぐためのバイトだってうんざりで、出てきたばかりのドアを背に座り込む
「どないしてん?」
目の前に現れたそれにイライラが押さえられずに怒鳴る
「帰れ言うたやろ!」
金色を揺らした彼はきょとんとした顔で「腹減っとるん?」と宣って薄いカーディガンのポケットを探った
これ以上関わっていられるかと立ち上がり家路を急ぐ
パタパタと音が付いてくるから早足になった
「もう、待ってや!」
後ろから引かれた腕を払い、振り向けば、透明な眼差しが真っすぐにこちらを捕らえて言う
「七つ、星奔るまで…」
手に握りこまされた飴は、小さい頃食べた懐かしいものだった




▽君の名を歌う
ひかる
ひかる
ひかる
背後で笑う彼が繰り返す
ふふふ、とあまりにやわらかな音を紡ぐから放っておくことにした
キーボードを打つ音、時計の秒針の忙しない音、ヘッドホンに響くベースの低音、全てオレの生活にありふれた日常
「光の名前は歌みたいやな」
そして目を閉じる
「呼ぶと幸せになる」
ひかる、ひかる、光
「淋しいと呼びたくなる」
「人に教えたくなる」
「みんなに、歌ってほしい」
そしてオレは歌う
オレの知る一番きれいな音
「   」
ふふふ、彼はまた笑う




▽星は流れた
彗星の尾が地球の空気を攫っていくという噂がまことしやかに流れたとき、人は自転車のタイヤチューブでその難を切り抜けようと考えたらしい
窓際に張りついて暗いだけの夜を眺める彼はどう思うだろう
そんな不様な真似をしてまで生きたいと思うだろうか
「流れ星や」
彼はそう告げたけれど、北極星も見えない暗い空に流れた星はなかった
「それは、見えませんでしたわ」
「残念やったな」
振り向かない、感慨もない言葉
星が流れても、オレらは何も変わらず息をしている
「タイヤのチューブでも買ってきましょうか」
「いらへんよ」
まつげが触れる距離での小さな拒絶は世界を白くする
湿った感触とココアの甘さが伝わって、ゆっくりと唇を放した
「人工呼吸は得意なんやで」
いたずらっぽく笑う彼を引き寄せて床に落ちた
フローリングの冷たさだけが現実的で笑える




▽焦げ付いた砂糖
コンビニに行くため謙也さんに着せたコートを、彼は帰宅しても脱がずに床にぺたりと座って動かなかった
安っぽい化学繊維のファー擬きに顔を埋めている姿は、朝方に見る雀のようだ
ボソボソと何か言っているけれどコートに収まって聞こえない
「謙也さん?」
「捕まる」
一言だけはっきり聞こえた音は怯えを含んでいて、はじめてのそれに戸惑う
誰かが何かが彼を縛ろうとしているのだろうか
枷を嵌め轡をさせるというのが、妙にあっさり想像できて怖くなった
「大丈夫、オレが守ったります」




▽滲む境界
「アレを引き取りに来ました」
黒のジャケットをスマートに着こなした女は、部屋の奥を示して言った
台所からは水の流れる音と、謙也さんの調子外れの鼻歌が聞こえる
変な汗が湧く
これはよくない話だとわかるのに、拒みきれないでいた
「うちにはお宅に引き取りが必要なもんありませんわ」
女は眉を寄せて、
「アレから何も聞いてらっしゃらない?」
と言って、一枚の書類を引き出す
生年月日、名前、その他ギッシリと詰まったプロフィールに添えられている写真は、間違いようもなく謙也さんだった
“忍足謙也”
半ば強引に同居させているオレの恩人の名は、そう記されている
『財前光さんでいらっしゃいますか?私、忍足恵里奈と申します。こちらに謙也が居ついていると聞きまして、アレを引き取りに来ました』
フルネームも知らなかった
謙也さんについてわかることなんて何もなくて、ずっと気にはなっていたが、本当は知るのが怖かっただけのような気もする
「……おし、たり」
謙也さんを知るときは、きっとさよならの合図だ
「アレの姉です」




▽夢か現つか
男の声に振り返った彼は子どものように無邪気に笑っていた
窓際に寄り添い、ぺったりと座り込んだ背中が遠い
「謙也は、永い夢を見とる」
男はそう言った
おもむろに立ち上がると窓際に歩み寄り、謙也さんを見下ろす
「もう、潮時や」
「……ゆうし?」
「迎えにきたんや。帰るで謙也」
「……………ゆ、」
伸ばされた謙也さんの腕を引き、その腕に抱き込む様は、端から見ても苦しいほどに力強かった
擦れる音で何か話していたようだけど、傍観するオレには何も聞こえず、謙也さんの手が白くなるほど男の背中を握っていたことしかわからない
埋めていた肩口から上げられた顔が涙でいっぱいで、後から後から溢れてくる様を見ていた
オレが立ち入ることの出来ない世界が判然とした瞬間だった
彼の特別になっていたと思っていた
彼はオレのもとで生きていると思っていた
「謙也ともどもご迷惑おかけしました」
そう言い残して女も席を立ち、漫ろに出ていく
残されたのはローテーブル上の茶封筒だけ
『永い夢を見とる』と言った
彼の夢はいつ覚めるのか
オレは彼の夢にすぎなかったのか
オレだけが彼を抱き締めたかった


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