chloe







踊り場に着地



※U17無視の秋
※まだライク


 乾いた音だった。ずっとこの音を聞いていたいと思った。インパクトの瞬間のガットの軋みが空の手に思い出される。マメだらけだった手が痛まなくなって、握ったペンがラケットより重いもののような気がしてきて、息抜きにと思い立って部活を覗きに来ていた。
 パコン、パコンとリズムよくボールが走るのを見ていると頭がすっきりする。それは以前と何も変わらない。すっかり冷たくなった風が吹くなか、ジャージ姿が心なしか寒く感じる。去年あそこにいた自分は、走れば熱くなることを知っていたから、腕まくりもハーフパンツも躊躇わなかった。寒さに首をすくめた自分が何だかおかしかった。
「先輩…?」
 声をかけられて振り向くと、確かにテニス部のジャージを着た後輩がいた。彼の「さすがや」とか「メシア現る」とかよくわからない歓迎を受けて部室へ連れていかれる。
「ちょ、ちょう待ち。何やの?いきなり。」
疑問符だけが浮かんだままの頭が、馴染んだ後輩をコートに探そうとしたけれど、彼は見つからないまま部室の戸をくぐっていた。
 部室は日陰っていて寒々しく、窓から差し込む陽光だけがあたたかい。そこに固くなっている黒い頭が視界にやけに馴染む。オーダー表とにらめっこしていた顔を上げた瞬間目が合った。ポカンと気の抜けた顔をした光は珍しくて笑いがもれる。いつも彼に言われていた言葉を返す時がきたようだった。
「まぬけ面。」
 光は不機嫌そうに眉をしかめて見せて、チームメイトをギロリと睨んだ。
「ほんまに呼ぶとかアホちゃう?」
「ちゃうって、愛の力や。」
「…ほんまもんのドアホやな。呼んでへんわ。」
軽口を叩くチームメイトを何の抑揚もなく切る光の不機嫌の原因が、自分にあることに気付くと、居たたまれなさに足元のバランスが悪くなる。
 練習もオーダー作りも、もう部外者のオレがいたのでは邪魔だろう。一応先輩ってものだから適当にあしらうのも憚られるだろうし。(例え光が生意気傍若無人であってもだ…。)
「急に悪かったな。帰るから気にせんといてや。」
オレをひっぱってきた後輩は不満の声を上げるけれど、今の部長は光だし、先輩は先輩なりの気遣いができなければならないし、元々用があって来たわけではない。ただの気晴らしだ。オレもそろそろ帰って勉強しなければならない。
「時間、ありませんか?」
光がかったるそうに言う。
「ないこたないけど。」
「なら、ちょお付き合うてください。」
 光は相変わらずダルそうで、ニヤニヤするチームメイトに「はよ練習戻れや。」とうざった気な声を出す。二人残された部室で、なんとなく落ち着かないオレを鼻で笑うと座るようにうながしてくる。それもまた、どこへ座ろうと迷い巡らす間にガタガタとイスをひかれたのでそこへ座った。
「挙動不審すぎ。」
「しゃーないやろ!オレはもう部外者なんやし。」
 おかしそうに笑っていた光がまっすぐにこっちを見て眉を下げる。
「そんなん思ってるのあんたくらいですよ。」
失言、だっただろうか。沈黙が走って冷汗が湧いた。オレだってテニス部を他人にしたいわけじゃなくて、ただいつまでも居ついたら迷惑かなと思っただけなのだ。あんまりにもよそよそしい言い方をしたかもしれない。呼ばれてもいないのに足を運んでしまうほど、名残惜しい場所なのに。
 何か、何か話さなければと焦る。けれど何を言っても失敗な気がして何も言葉にできない。
「急に呼び出してもうてすみません。」
「え?」
「は?」
頭がぐるぐるしてたから、なんで光がそんなこと言うのかわからなかった。だいたい、
「オレが勝手に、好きで来てもうただけなんやけど。」
そう、オレが勝手に離れられないだけで。
「気遣ってくれなくてええですよ。謙也さんも忙しいやろうし。」
「いやいや、だからオレが勝手に…」
気を遣ってくれてるのはそっちの方で、と思いながら見た光の顔が本当にポカンとしていて、さっきの妙な歓迎をオレの小さな脳で照合してみる。
「…オレ、呼び出されるところやったん?」
尋ねれば逆に訊かれる。
「あいつに呼ばれたんと違うんですか?」
 お互い何と言ったらいいのかわからずに吹き出す。おかしい話だ。あの光が心底おかしそうにケラケラ笑うほどおかしな話だった。以心伝心?そんなものじゃない。ただ求めただけだ。誰に何も言われなくても、ココを求めていた。瞬間同じくオレを呼んだだけ。
 「なんでオレなんか呼ぼうとしてん?オーダーなら白石やろ。」
「いや、寒い言うたら謙也さん呼んだるって。あんた体温高いから。」
笑いながら言う光の手は確かに爪が紫で、冷気さえ漂っている気がしたけど、構わずに抱き締める。「しゃーないなー」と言ってぎゅうぎゅう子どもみたいに(子どもやけどな)抱き締めていると、「うざいっすわー」と棒読みされた。思ったけれどコレって光の鳴き声みたいだ。可愛げのないユルキャラと思えば、キモカワ的なノリでイラカワかなーと想像してふふと笑った。
(イラっとさせるところがカワイイ光くんでーす!)

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