chloe







白葬



※大人
※死んでないけど、死んだとか言ってる


 日差しが照りつけていて、駐車場から受付までの短い時間にさえ汗が湧く。暑い、あんまりにも暑くて来なければ良かったと思った。失礼なのは百も承知だが、胸のうちだけならば誰に責めることができるだろう。自分に嘘はつけないのだ。
 会場は冷房がすごく効いていて、暑さがさっと引く。ワイシャツを湿らせた汗が冷えてゾッとするほどだった。内臓に鳥肌が立つようにざわざわとした。浮き出しそうな胃を、水を飲み込み鎮める。 蝉が耳鳴りのように泣き続ける。

 ノックだけで、部屋の主の返事を待たずに中に踏み込む。主は大きく目を見開いて、それから三度瞬きした。唇が戦慄いて何か言葉を紡ぐ前に、彼は目尻に皺を作ってにこりと笑った。目を線のように細めて、眉を垂れさせて、締まりのない顔のままでオレを呼ぶ。
「ひかる。」
 会うのが久し振りなら、声を聞くのも久しかった。連絡先だけはずっとケイタイの中に眠っていたのに、引き出すことは滅多になくなっていたのだ。時間が過ぎたのだと、誰にでもなく、心音に告ぐ。互いに己の世界を拡げて囲って、ベン図のように重なりながらも、確実に住む世界を違えた。やさしかった時間から、オレたちの時間は進みすぎたのだ。
 来てくれたんやなと、微笑む謙也さんに軽く返す。
「あんたの式なら、来なあかんやろ。」
謙也さんは表情を崩すことなく、なんやそれと笑った。白く、眩しい。それから、ありがとうと発せられるはずだった彼の口を塞いだ。押しあてた右手をやんわりと掴まれ離される。
「なんやねん、ほんま。」
怒った様子は微塵もなく、ただ呆れたような調子で苦笑を浮かべていた。
 終始笑みを携えた彼が気に障り、オレの腕を掴むその手を引いた。彼の左手はまっさらなままで、その薬指に口付ける。慌てて手を引こうとする謙也さんに負けないように、跡が残るのも構わずに強く握る。
 「離しや。」
低い声で言われる。昔から謙也さんが有無を言わせない物言いをする時の声音は低く重い。彼のソレは、悲しいほど利他的なエゴイズムに則られたものだったから、否定するのもおこがましく、かといって易く受け入れるには彼に傾倒しすぎたために苦いものだった。
 けれど、今回ばかりはその手を離すわけにはいかなかった。俯く謙也さんの双眸の色は陰って窺えない。
「オレを見てください。」
ずっと、無理矢理笑って目を細めて、目を合わすことをしなかった謙也さん。嫌がる顔を持ち上げれば泣いていた。
(ほら、やっぱり…)
 皺一つないタキシード姿の彼を抱き寄せて、影を一つにする。強く抱き締めて、跡を残してやりたい。言いたいことが山程あって、何から切り出したらいいのだろう。鼻腔をくすぐる彼の温かな匂いが、整髪剤の尖りに邪魔されるようでもどかしい。
「オレと逃げて、」
言葉の続きを飲み込むように、彼の薄い唇が重なる。
(オレと死んで、)
閉じた瞼の向こうでチャペルの鐘が響いた。

 鐘の音、歓声と、祝辞の波に、花びらが風になって行く。窓の外に見える白い人を囲む群れ。アナウンスが披露宴の案内を読み上げる。
 白昼夢を見ていた。彼の手を引けるはずもない。握りこんだ拳が中で爪を食い込ませる。現実はあそこだと見やった先で、目を細めて笑った彼の皺一つない白は、まるで死に逝くようだと思った。結婚は人生の墓場なんてよく言ったものじゃないか、そう笑えたら心は軽くなっただろうか。愛する人は死んだ。








「財前、お前どこ行っとったん。式に出やんで。」
「…葬式に、行ってたんすわ。」
「はあ?縁起でもないこと言いなや。ほら謙也に声かけたり。」


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -