chloe







イーゼル



※光がポエマー臭い


 抱きしめあった時、嬉しくて淋しくて悲しくてごちゃごちゃの感情の中でそっと安堵する。感情はいつも矛盾だらけ抱えて思わぬところへ帰結する、そう気付いたのはあの人を慕うようになってからだった。昼ドラの愛憎なんて禍々しいものではないけど、あれもあながち間違いではないな、とか思わないわけでもなかったり、とか。
 絶賛、昼ドラタイムであろう時間に少し遅い昼食をとっていた。全日で組まれた練習日程が、急変した天気のせいで午後を切る代わりに昼時間に食いこんでの午前練習に変わったのを少しでも喜んだのがいけなかったのだろうか。雷を伴った雨が来る前に、コートを片づけたのは雨が降り出すぎりぎり前で、帰り支度を済ませた頃は雷雨が凄まじいことになっていた。あんまりに酷いもので帰るに帰れず、部室で持参の昼食を食べ始める先輩が居たのに倣ってオレもコンビニの袋を開いたのがさっきのことだ。
 部室っていうのは広く快適なものじゃないから、こんな雨に部室に残るのはこんなオレでも親しい先輩が数人だった。うちの部はみんな和気あいあいっていう感じだけれど、それでも後輩は遠慮するし、隔てるもの無く部員全てが同等に仲がいいはずもなく、結局はレギュラー様は大事にされてるって話だ。こんな時自分はイレギュラーだと思ったりもする。(レギュラーやけどもな。)どんなに生意気言っても仮にも後輩の自分は、なんだかんだ言って同輩と居た方が疲れないものなのだけれど。
(この人の隣は特別、ってさむいわ…)
自分の思考の恥ずかしいことに薄ら笑いが浮かぶが、他になんて言えるだろうとも考えて同じとこに落ち着くからお手上げだった。
 謙也さんの隣に座って横目で彼を盗み見た。箸使いがキレイで、なんとなく細い先端に惹かれるように追ってしまう。開かれた口がつまみ上げた一口を吸い込み、咀嚼する。当たり前の動作に意図なんて無く、習慣とか反射という動きなのは重々承知だし、今更そんな日常動作に詩的感動や甘美さなんてものは湧かない。湧かないのだけれど、好きな人の口元を見てしまえばキスしたいの一つくらい、中学生ならば思っても仕方のないことだと誰にするでもなく言い訳したい。
「なんや、そんな見て?おかず欲しいんか?」
見当違いなのは、もうお約束で、オレはいつものように少しバカにしたように応える。これももう決まりのパターンだ。そんなオレに頼んでもいない世話を焼きたがるのもいつも通り。
「しゃーないからエビフライ分けたるわ。」
自分の弁当箱のふたにいそいそとおかずを取り分けて、卵焼きとエビフライとブロッコリーが乗せられたソレを差し出してくる。キスしたかっただけなんて言えず、大人しく受け取って、食べかけの菓子パンを横から齧られる。笑って「まいどあり」なんて言われてはキャパシティの狭いオレの内心はいっぱいいっぱいになる。どうしようもなく好きだと思ってしまう。好きすぎて苦しいとか悲しいとかマイナスでは表現できない、ただ好きだと思う。謙也さんのことは愛してると思うけど、今小さな心を占めてるのは好きっていう感情だけで、抱きしめたいけど見てるだけでいい、みたいな。幼い感情のようだと思った。
 外は相変わらずの雷雨で、時折光ったり鳴ったりを繰り返しながら雨に空気が冷えていく。汗をかいた身体は、タオルで拭ったからといっても湿り気を帯び、徐々に冷えるのは否めない。もちろん寒い季節ではないから震えるほど寒いわけではないが、肌寒さはあった。謙也さんと隣り合った間だけが温かくて身体が半分に割れてしまったような感覚。隣り合った左側、心臓の片寄ってる左側がじわじわと低温火傷していくような火照りを持つ頃には、右腕に鳥肌が立っていた。
「謙也さん。」
「ん?」
「好き。」
 寒い、寒い寒い。抱きしめるというより抱きつくっていうのが正しい体勢で格好がつかないのが悔しい。じわじわ音をたてるように浸蝕。温かさと切なさが胸を締める。雨だと妙に感傷的にドラマッチクな思想に囚われるからいけない。ああ、オレってダサいと自嘲。
「いきなりどうしたん。」
「嫌っすか。」
「なんやへこんどるんか。」
二人して、微笑むとも違う締まりのない顔で口角持ち上げて。淋しいわけでも悲しいわけでも嬉しいのとも楽しいのとも違う、戯れに感傷的なだけ。何度抱きしめても、抱きしめられても消えない拭えない、払拭したと思えば湧いて出る、そんな言いようのない漠然とした不安。オレの想いは独り善がりに彼を傷つけていませんように、そんな思いで腕の力を強くする。
 傷つけたくないと泣きそうになりながら、縛りつけたいほど愛してるのにと八つ当たりしたくて、それでも嫌われたくなくて腕の力を緩める。そんなオレに気付かず笑う人を心で罵り、気付いてと叫んで、本当は知らないでと怯えて、現実があやふやに溶けていく。滲んだ激情はもうバレているとわかってるのに、この上に置かれるキャンバスが汚れないで居てくれたらと混沌のイーゼルを抱く。

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