chloe







悲劇的浪漫



※謙也が卑屈かもしれない


 たまたま見かけた映画だったかドラマだったかの宣伝は、きっと純愛とか呼ばれる類のものだった。離ればなれになる恋人の二人が、困難を乗り越えて幸せになるというありきたりな構成らしい。幸せになれるならおめでたい、文句をつけるつもりもない、しかし興味も関心もない、これが感想。フィクションは現実をハッピーエンドにはしてくれないのだからと、自分勝手な失望をして視界を伏した。もし、もしもオレが、なんて考えて自己嫌悪。
 夕暮れる正門前で足をぶらつかせて、未だ来ない待ち人を待つ。待ち時間が嫌いなのもあるけれど、それ以上に彼を連れていってしまった原因が、輪をかけて陰鬱に、もの悲しくさせる。夕日を見ると淋しくなると言うけれど、こんな時に見る夕日は、感傷的になった心を撫でるように温かくてしみるように痛い。小さく呟いた名前に返事はないままだ。

 部室を後にして、他愛のない話をしながら帰路に着こうとしたとき、女の子が一人、光を呼び止めた。告白だと気付かないほうがおかしい。背の小さなその子の勇気を振り絞った上ずった声が、やけにはっきりと響いた気がした。この時のオレの居心地の悪さといったらないもので、行ってほしくないのに、だからといってここで話されるのも堪ったものではない。第一彼女がそれを許容できるはずもないのは至極当然であることも理解し、その上で光を送り出そうと試みても、彼が行くことを渋るのもわかっていた。少なくない経験上そういうものだ。案の定わずかに眉を寄せた光の顔が、逆光で彼女に見えてなければいいと願いながら、軽く背を押す。大人しく踏み出したかと思えば、
「正門で待ってて。」
と、小さな声を残していった。
 そうして大人しく正門を背に光を待っている。石畳を蹴るのも足が重い。リフレインされた先の出来事は気を重くするばかりなので、少しばかり大げさにかぶりを振って頭の隅に追いやり、さていったいなんの話をしていただろうと思い起こす。彼女の声が聞こえてつぐんでしまった自分の言葉はなんだっただろう。
 砂を蹴る音がした。たぶん光のものだ。心臓がびくびくして、どんな顔をして迎えたらいいかわからなくて冷や汗が出る。オレにやましいことなんてないのに、この瞬間はいつも戸惑ってしまう。
「謙也さん。待っててもらってすいません。帰りましょ。」
結局うまく笑うことも、茶化すことも、待たされたと怒ったようにふざけることもできなくて、微妙な顔をしていたと思う。それはそれでもう仕方ないと思ってほしい。だって仮にオレが光だったら、告白されて帰ってきたオレにいい笑顔をされたら軽く凹む。だからこの微妙な反応に光は触れないし、オレは彼女に触れない。
 歩きだした石畳はアスファルトに変わり、傾いた夕日は住宅街のマンションの中に隠れる。辺りはまだまだ明るい。
「さっき、言いましたよね。」
「ん?」
あれから何も話せないまま無言で歩いていたら、突然切り出された言葉にうまいことついていけない。
「『一緒じゃなきゃ生きていけない』って、で切れちゃった続き、なんだったんすか。」
あの子に気付いて飲み込んだ続き。クラスの女子が映画だかドラマだかに誘発されて口にする甘い睦言が、オレには痛い。
 『一緒じゃなきゃ生きていけない』というなら、『離れるなら死ぬ』というに等しいかといえばそれは否だと体現する自分がひどく軽薄に思えてならない。光を好きだと思う気持ちは誰かに負けるものじゃないと思うのに、こうやって、急に足元がぐらつく。
「あー、あれ『一緒に生きたい』ってことやろ?否定語重ねると暗くなってまうやんなー、って思って。」
オレはきっと、というか間違いなく光がいなくても生きていける。生きていけてしまう。ずっと一緒に生きたいと強く願っても、オレは光がいないと死んでしまうことはないだろう。
「日本人は悲劇好きやからしゃーないんちゃいます?」
「せやんな。」
もし、この先本当に光じゃなきゃダメという人が現われたら、オレは大人しく手を振ってしまうんだろうと思うと悲しくて仕方なかった。もしかしたら逆だってあるかもしれないと思えば本気で泣きそうだった。必要条件と十分条件は必ずしもイコールにならない。あの子が必要条件に光を持ってなくてよかった。
 光がいないなら、死んでしまうような脆弱な自分を思い描いて、自己嫌悪にひっそりと笑う。情けなさすぎて反吐が出る。ずっと一緒にいたいだけなのに。

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