初めての喧嘩

誰もいなくなった教室に二人きりで残るようになってもう一ヶ月経つ。
つまり、鬼男となまえが恋人として一緒にいるようになって1ヶ月が過ぎようとしているということだ。
出会った頃に比べ教室の雰囲気や季節も少しずつ変化していくように、二人の関係にも緊張感が薄れていた。

「今日も雨…ですね。」

ジメジメと纏わり付くような暑さとうんざりするような雨。
鬼男は薄暗い外を眺めながら呟いた。

「ホント…。梅雨なんて嫌いよ。」

暗い外に負けないくらい暗い表情をしたなまえも鬼男の眺める窓の外を眺めて肩を落とす。

「ジメジメしますしね。」

「そのせいで髪も上手くまとまらないんだよ。嫌になっちゃう。」

なまえはため息をつきながら湿気によって膨らんだ髪を指に絡ませる。

「そうですか?」

鬼男は首を捻ってなまえを見つめた。

「いつもとかわらないと思いますよ。」

この一言になまえの表情が固まってしまった。

「なまえさん?」

「…………。」

突然何も喋らなくなったなまえに鬼男は不安になって、顔を覗き込むと冷ややかな目が自分を見つめていた。

「ふぅん…。」

やっと返ってきたなまえの言葉はどこか刺々しい。

「え?」

「鬼男にとって私の髪型なんてどうでもいいんだ。」

「は…?いやいや、僕はそんな事言ってませんよ。」

冷静さを欠いてきたなまえを落ち着けるためにゆっくりと優しい言葉を選ぶが、その対応が更になまえの冷静さを奪う。
苛々をごまかすように視線を反らし投げ捨てるようになまえは言葉を続ける。

「だっていつもとかわらないって思うって事は、普段から私の事なんて見てないってことじゃん。」

「なまえさん」

どうにか誤解を解こうと鬼男はなまえに声をかけるが、なまえの耳に鬼男の声は届かない。

「鬼男は私の事なんてどうでもいいんだよ。」

「な、何でそうなるんですか!!」

噛み合わない会話に腹が立ち鬼男は思わず語尾を強めてしまった。

「……。」

「………。」

一瞬の沈黙に鬼男は我にかえるが、なまえが先にこの沈黙を壊した。

「ごめん、今日はもう帰るわ。」

なまえはそういうと静かに立ち上がり、素早く荷物をまとめる。

「なまえさんっ!」

「今日も生徒会忙しいんでしょ、がんばってね。」

目も合わせずに教室から出ていくなまえを、鬼男は見送ることしか出来なかった。


















すぐにでもなまえを追いかけたかったが、こんな日に限って生徒会の仕事は腐るほど溢れていて。
内心舌打ちをしながら一つずつ仕事を熟していった。


















鬼男が学校を出たのは学校に残れる時間ギリギリまで使った時刻だった。
雨脚は先ほどより強く体に纏わり付く湿気は濃くなっている。
携帯を確認してもなまえからの連絡は無い。
自分の何気ない一言でなまえを怒らせてしまった、と鬼男は責任を感じなまえの家へと急いだ。


















夜になって家を出てコンビニに行くなんてなまえにしては珍しい行動だった。
真面目な両親は心配していたがなんとか説得して暗い雨の中を歩く。

「…。」

こうして外に出たのは心に靄がかかったように痛むから。
理由はわかっている。
それでも鬼男にメールの一つも送れないのは、鬼男が女心を理解してくれなかったことが悔しかったせいなのか、それとも自分の心が狭いせいなのか。

「はぁ。」

勢いで教室を飛び出してから何度目のため息なのか、なまえにはわからなかった。
ただ、何度ため息をついても心の靄は晴れなくて。
ため息をつくたびに携帯を開いて連絡を取ろうとしたが時間が経つほど鬼男に嫌われてしまったかもしれないという恐怖で何も出来ない。

「いらっしゃいませー」

気の抜けた挨拶を受け、なまえはいつものようにお菓子の並ぶ棚へ歩いた。
いつもなら見ているだけで幸せにしてくれるカラフルなパッケージも今のなまえには慰めにもならない。
その中からいつも選ぶ飴を手に取ると会計を済ました。
満たされない心のままコンビニの扉を開くと目の前に見慣れた顔の人が通り過ぎていく。

「お、鬼男?」

思わずなまえはその名前を呼んでしまった。
名前を呼ばれ足をとめたのはやはり鬼男で。
なまえに気付いた鬼男は嬉しそうに顔を綻ばせた。

「なまえさんっ!」

「ちょ…え?鬼男の家ってこっちじゃないよね。」

混乱をしているのか少しだけ早口になってしまったなまえを少しでも安心させたくて鬼男は傘を閉じてなまえに近寄った。
コンビニの明かりがより一層鬼男の存在を確かにする。
なまえは心にかかった靄が少しだけ晴れたように感じた。

「なまえさんに会いたくて…来てしまいました。」

鬼男はそういうとなまえの手をそっとにぎりしめた。

「おおお鬼男!?」

みるみる赤く染まるなまえの頬。
それを見て鬼男は困ったように笑う。

「…その、さっきなまえさんに失礼な事を言ってしまったので…嫌われてしまったのではないかと不安で」

微かに鬼男の手が震えている。
なまえは不安なのは自分だけではないと知った。

「すみませんでした。」

「私こそ…!鬼男に酷いことばっかり言っちゃった。」

ごめんね、と伝え握られた手を握り返すと鬼男はその場にしゃがみ込んだ。

「ど、どしたの?」

なまえも鬼男と同じ目線になると、鬼男はなまえの腕を引き優しく抱きしめる。

「なまえさんが怒ってなくてよかった。」

「んー…そりゃ、少しは怒ってたけど、鬼男に酷い事言っちゃった不安のほうが大きかったかな。」

「なまえさんの努力を卑下にしてすみませんでした。」

「も、もういいよ。」

二人顔を見合わせて笑い合い、初めての喧嘩に幕を下ろした。





















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かすみ様リクエスト
初めての喧嘩/鬼男(学パロ)
fin
2010.06.11

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