*一夜の夢 「昨日までこの身に起きた運命を怨みながら生きてきましたが、今日、こうして貴方に買っていただけた事でその日々すら愛おしくなります。」 頼りない光の中うっすらと涙を浮かべた瞳で見つめるその人は幼い頃共に野を駆け回った愛しい人で。 それは、自分が両親と暮らしていた頃の遠い記憶。 話しを聞けばなまえもまた両親を失い、頼る親族もなくこうして売られてしまったと言う。 まさか師との旅の途中で、しかもこんな形で出会うとは。 「河合、様。」 顔は伏せていたが震える声でなまえが泣いていることがわかった。 「昔のように名前で呼んでくれませんか?」 「…曽良。」 控え目に呼ばれた名前すら懐かしい。 愛しい存在を胸に納めるとその体は柔らかく、なまえの甘い香りを肺に吸い込めば、オンナのニオイがした。 はだけた肩に口付けをすると、ピクリと体がはねてなまえの体があの頃と同じでないことを知る。 静かになまえの肩から離れると、その白い肌に朱い華が咲いて。 なまえの身体につけた所有の印と素直な反応に曽良の体も熱くなり、自分もまたあの頃とは同じではなかった。 優しく布団になだれ込み、暴れ出しそうな本能を押さえ付けて上から見下ろすとなまえは優しく笑う。 その笑顔は昔と何一つ変わっていないのに。 「曽、良。」 艶っぽい声で呼ぶなまえも、なまえの声に反応してしまう自分も、今の状況も…全て昔と違う。 その現実が曽良の冷静さを奪いった。 「なまえ…」 自分を誘う赤い唇にそっと口付けをすると、なまえの腕が自分の服に触れる。 その腕を背中に導いてより密着すればお互いに求める以外の事は出来なくて。 朝、なまえが目覚めるとそこには見慣れた風景しかなかった。 布団に触れても自分以外の温もりも感じない。 まるで昨夜の事が夢であったかのようで。 「曽良。」 名を呼んでも返事はなく部屋に吸い込まれてしまう。 涙を隠すように俯くと、曽良の残した朱い華が白い肌に咲き誇っていた。 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ 一夜の夢/曽良 fin 2010.05.31 |