独占欲

僕は今堪えていた。
目の前には愛おしい彼女、その細い腕に抱かれているのは僕…ではなくペットの犬が先日生んだ赤ちゃん。

「可愛いねぇ、お名前は決めてもらったのかな?」

普段聞くことの出来ないような猫のように甘えた声と、優しい笑顔は全てあの生まれて間もない小さな体に向けられている。

「うあー、耳がピクピクしてるよ。」

緩みきった表情で笑うなまえさんは心から可愛いと思う。

「そうですね。」

なのにぶっきらぼうに答えてしまうのは、その笑顔が僕に向けられていないという事実と、珍しく二人きりだというのにまだなまえさんに触れていないからという自分勝手な我が儘。

「かーわーいーいー。」

仔犬の動作一つひとつに反応する姿がほほえましい。
ていうか、仔犬なんかよりなまえさんの方がずっと可愛らしいと僕は思う。

「鬼男ー。これは可愛過ぎる!」

犯罪だよー。と嬉しそうに笑うなまえさんの視線が俺に向けられて胸がときめくが、その笑顔の原因が仔犬だと考えるとまた心がもやもやと疼いた。

「僕は…そいつと毎日一緒ですから。」

もう見飽きました。と言って眩しい笑顔から逃げるように顔を背けるとなまえさんは首を傾げ僕の顔を覗き込む。

「鬼男?」

真っすぐな視線に不覚にも仔犬相手に嫉妬していた自分が恥ずかしくなり、僕は慌てて立ち上がった。

「の、飲み物持ってきますね。」

このモヤモヤが伝わる前に逃げるように台所へ向かい、なまえさんの姿が見えない隅で頭を抱えて座り込む。

「仔犬相手に…俺は馬鹿か。」

こうして一人になれば自分が馬鹿な事をしているのは理解できるが、なまえさんを目の前にすると冷静になれない。

「あー、くそっ。」

グシャグシャと頭をかいて勢いよく立ち上がり、飲み物の準備を始めた。
すると後ろから気配を感じ、振り向くと相変わらず仔犬を大切そうに抱えるなまえさんがいて。

「やあ。」

腕に抱いた仔犬の前足を挨拶するように持ち上げると、ニッコリと僕を見て笑った。

「なまえさん…?」

「鬼男がしゃがみこんでたけど、頭でも痛いのかな?」

心配だね、と仔犬に問い掛けるような言葉遣いだが、視線は僕に向ける。
更になまえさんの口元は緩みっぱなしだ。
僕はなまえさんに先程の行動を見られ、更に自分の感情が全てばれていることを悟る。

「えっと…」

何とかして話題を変えようとするが、それを許さないと言わんばかりになまえさんは少しずつ近づいてきた。

「それともー…」

そこまで言うとなまえさんは僕のすぐそばで立ち止まり、上目遣いで僕の泳ぐ目線を捕らえた。

「ヤキモチ、妬いちゃったのかな?」

どこか余裕のあるなまえさんの微笑みに、僕の頭は混乱して一歩後退る。
しかし、なまえさんは静かに確実に僕との距離を縮めてきた。

「いや、その…それは…」

ヤキモチを妬いていた、と素直に言えばそれで済むのに何故か口から出る言葉はその場をごまかすものばかり。

「ヤキモチ…というか」

そんな僕をなまえさんは嬉しそうに見てくるから、ますます混乱してしまう。

「ううう…」

追い込まれて苦々しい声を漏らすとなまえさんはクスクスと笑う。
すると腕に抱かれていた仔犬が小さく鳴いた。

「ん?もうお母さんの所に行きたいのかな。」

ゆっくりと床に解放してやると、仔犬は台所から居間へと移動する。

「僕達も…」

このタイミングなら逃れられると思い僕も居間へ向かおうとしたが、なまえさんはニッコリと笑いながらそれを阻止する。

「鬼男は駄目」

「なん…」

「だって、ここなら…」

そういうとなまえさんは僕の胸にそっと寄り掛かってきた。
今日初めて触れるなまえさんは温かくて甘い香がする。

「なまえさん!?」

甘い香りと柔らかい体温に頭がついていかない。でも、体は正直で無意識になまえさんを抱きしめていた。

「ふふふ。鬼男暖かい。」

「あの。どうして“ここなら”、なんですか?」

ふと生じた疑問を仔犬のように体を擦り寄せるなまえさんに聞くと丸い目を泳がせている。

「だって、あの子達がいるところでこうしていいものかわからなかったんだもの。」

そういうと恥ずかしそうに僕の胸に顔を隠してしまった。

「ぷっ…」

「わ、笑わないでよ!」

「あー、なまえさんは本当に可愛いです。」

腕にある愛おしい存在を強く抱きしめてそっと耳元で囁いた。

「なので、僕意外を可愛がるのは禁止です。」

その言葉も表情も全て僕だけのにして下さい。と言うと一瞬驚いた顔をしたなまえさんは頬を染めて笑った。






















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明佳様リクエスト
独占欲/鬼男
fin
2010.05.20

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