フェチ

ポカポカと太陽の日差しが心地良い昼下がり。鬼男は食べかけのおにぎりを頬張った。
午前の講義も終わり、今日はもう自由の身。
しかし、こんな日に限ってバイトはないし、恋人もこのキャンパス内で講義があるだろう。
鬼男ががっくりと肩を落としながら二つめのおにぎりに手をかけたとき、どこからか聞き慣れた声が聞こえた。

「鬼男ー!」

名前を呼ばれ辺りを見回すと手を振り近寄ってくる一人の女性がいて。
よく見るとそれは恋人のなまえ。

「むぐっ…!」

鬼男は慌てて頬張ったものを飲み込んだ。
多少の苦しさなんて関係ない、少し涙目になりながらも鬼男立ち上がった。

「っ…なまえ先輩!」

「あはは、別に立たなくて良いのに。」

なまえは涙目の鬼男を見てクスリと笑い、鬼男の隣に立った。

「あ…そうですよね。先輩…お昼ですか?」

「うん。鬼男一人?私お昼一人なんだけど…」

「ど、どうぞ!この席空いてます。」

さりげなく隣の椅子を引いて座りやすいようにすると、なまえはホッと安心したように笑う。

「ありがとう。」

「いえ…」

同じ大学に通う二人だが学科が異なるためこうして偶然キャンパス内で会うのは始めてで、二人はお互い顔を見合って微笑みあった。

「待ち合わせしないで、大学で会えるなんて初めてだね。」

「そうですね。」

嬉しそうに笑う鬼男を見てなまえも満たされたように微笑むと、鬼男が引いてくれた席に羽織っていたパーカーを脱いで椅子にかけた。
それを鬼男は何気なく見ていたが、パーカーの下の薄着に思わず口を開いた。

「先輩…随分涼しそうな恰好なんですね。」

「へ?最近暑いからさ。半袖だしちゃった。」

まだ早かったかな?と笑いながら腰掛けて鞄から手作りのお弁当を取り出していたのでなまえは鬼男の熱い視線に気付かなかった。

「あの…」

目の前のお弁当から視線をあげると鬼男が熱心に自分見ている。

「なあに?」

「その……てもいいでしょうか?」

「は?」

褐色の頬がほんのりと色付いた鬼男は俯きながらなにかを呟くが、あまりにも小さな声だったためなまえは聞き取れず首を傾げた。

「えっと…先輩の、二の腕を…」

「私の二の腕?」

予想外の単語になまえは眉をひそめるが、鬼男は気にせず言葉を繋ぐ。

「触ってもいいでしょう、か。」

じっと見つめる真っすぐな瞳は冗談を言っているようには見えない。

「…鬼男、さん?」

「いや、あの…一回だけでもいいので」

一瞬真っ白になった頭をフル回転させたなまえは頬を赤く染めながら物凄い勢いで首を横に降る。

「嫌だよ!ていうか無理!!」

「えっ…えぇっ!?」

断られたのが意外という顔をする鬼男。

「えぇ、はこっちの台詞だよ!?」

「いいじゃないですか!こんなに綺麗なんですから、触らせてください!!」

身を乗り出して訴えてきた鬼男に内心驚きながらも、自分の二の腕を守り鬼男から遠ざかる。

「何その理由!」

「なまえ先輩の二の腕、白くて…凄く綺麗です。」

どこか熱っぽい鬼男の視線に捕われてなまえは胸がドキドキと脈打っているのがわかった。

「二の腕絶賛されても困るよ…」

だからといって恥ずかしいものは変わらない。
なまえは精一杯鬼男と視線を合わせないように目を泳がせる。

「そんな…本当に一回だけでいいんです!お願いします。」

「うう…」

しかし、あまりの熱い視線と鬼男の気迫に負けなまえはゆっくりと白くて細い腕を上げた。

「一回…だけだよ?」

上目遣いで見上げると、鬼男は嬉しそうに何度も頷いている。

「ありがとうございますっ!!」

生き生きとした声が聞こえるのと同時に鬼男の指がなまえの二の腕に触れた。
まるで割れ物を扱うように丁寧に。
その指遣いになまえは擽ったくて肩を震わせる。

「っー!…鬼男、くすぐったい!」

逃げるように腕を引いても、鬼男は解放してくれない。
それどころかムニムニと指の腹を使って感触を楽しむように触っているようだ。

「はあ…先輩の二の腕、柔らかくてひんやりしていて気持ちいいです。」

今までにこんな幸せそうな鬼男を見たことがあっただろうか。
鬼男の幸せそうな表情につい気を許してしまいそうになるが、ここは公共の場。しかも、昼食時のせいもあって大勢の人がいる。

「あ、あのさ。そろそろ、終わりなんじゃない?」

なまえは心を鬼にして鬼男にやめるよう促してみるが。

「もう少しだけ、お願いします。」

シュンと怒られた犬のように見つめられては何も言えない。

「も…知らない。」

なまえはがっくりと諦めたように頭を下げて鬼男が満足するのを待った。
そしてこれからくる夏が少しだけ憂鬱に感じたのは言うまでもない。


















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フェチ/鬼男
fin
2010.05.16

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