始まり 閻魔はたった一人で学校と呼ばれる建物の屋上で空を眺める悲しい眼をする少女が気になり、秘書の鬼男に内緒で現世におりてきた。 どうせ近くまで行ったって姿は見えないし…とたかをくくって少女の隣に座ると、少女は閻魔の方をじっと見つめる。 閻魔も、その瞳に魅入るように少女を見つめた。 「部外者ってここまで来れないはずなんだけど、貴方だれ?」 先に口を開いたのは少女の方だった。 閻魔は自分以外に誰かいるのかと思い辺りを見回してみたが、誰もいない。 再び少女を見ると、困ったような顔をしていた。 「あ、俺…?」 確認するように、自分を指差せば少女は呆れたように笑う。 「私と貴方以外誰がいるってのよ。」 閻魔はそうだね、と話を合わせるように笑って応える。 自分の姿が現世の人間に見えるなんて何事だろうか?閻魔は首を傾げたが答えは見つからない。 「で、何でこんなところに、しかもわざわざ私の隣に座ってんの。」 確かに、突然知らない男が隣に座って来たら怪しい。 閻魔はなんて答えていいのかわからず、ただ笑うことしか出来なかった。 やっとの事出て来た言葉は自分でも呆れてしまうようなもので。 「何で…かぁ。たぶん惹かれるものがあったんだと思う。」 聞こえるか聞こえないかの大きさで呟くと、少女はキョトンとした顔をしたが、次の瞬間笑い出した。 「あははっ。何それ。貴方面白いね、名前は?私、なまえ。」 ケタケタ笑うなまえ。 閻魔もつられるように笑う。 「名前は…」 まさか生きている人間に自分の名前を名乗る日が来るとは夢にも思わなかった。 閻魔は頭を掻いてちらりとなまえを見たると優しい目で自分を見つめている。 「閻魔。」 「……えん、ま?」 なまえは首を少し右に傾ける。 「そう、オレは閻魔大王。」 真っ直ぐ閻魔を見つめるなまえの目に自分の視線を合わせにっこりと笑う。 すると理解したのかなまえの口角が上がり。 「成る程、だからここに来たのね。」 すんなりとその言葉を受け入れる。あまりにも呆気なく受け入れられてしまったので閻魔は何と答えていいかわからずにいると、なまえが再び口を開いた。 「で、閻魔大王様は何用でここにいるの?閻魔大王って死ぬ人を迎えに来るんたっけ?」 「いや、それは死に神の仕事だから。今日は…プライベート、かな。」 ふうーん、となまえは納得したように笑う。 「閻魔大王にもプライベートがあるんだ。」 「そりゃね。で、なまえはここで何をしてるの?」 これ以上人間に自分の話をする必要もないと思った閻魔は素早く話題を変えた。 「私は……ね。あ、例え悪いことでも地獄とかに落とさない?」 なまえは思い出したように問う、その表情は少し焦りを感じているようで。 閻魔の悪戯心が顔を出した。 「内容によるかな。」 ニヤリと悪い顔をしながら答えると、なまえは困ったように笑う。 「嫌な答え。」 「ほら、早く教えてよ。」 閻魔はそのままの笑顔で答えを急かす。 なまえは一瞬視線を泳がせた後静かに口を開いた。 「…。」 「へ?」 「…サ・ボ・り。」 悪い?と目を細めて笑うなまえ。 「本当?」 「嘘。」 そう答えるとなまえは背中を冷たいコンクリートに預け再び空を眺めた。 ヒラヒラと制服のスカートが風に揺れ、淋しい瞳が焦点も合わずに宙を舞う。 「閻魔大王っていうから、お迎えが来たかと思っちゃったよ。」 でも、貴方は連れていってくれないのね。淋しい一言とその瞳を見て閻魔は理解する。 何故なまえに惹かれてしまったのか、何故なまえが悲しそうな目をしているのか。 「そっか、死にたかったんだ。」 「ふふふ。でも、また今度にする。」 「そうして。オレも君を裁く気にはなれないよ。」 「じゃあ、また来て。」 予想外の一言に視線をなまえに移すと、綺麗な瞳が向けられていて。 「そうだな、お迎え以外ならいつでも来てあげる。」 そういいながら閻魔もゴロリとなまえの横に寝転んだ。 これが二人の始まり。 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ 始まり/閻魔 fin 2010.03.18 |