赤頭巾とオオカミ 「森にはオオカミがいるから気をつけるんだよ。」 そう言って、芭蕉さんは私にワインの瓶とパンの入ったバスケットを渡してくれた。私はただ頷いた。頷くたび芭蕉さんがくれた赤い頭巾が揺れる。 私はバスケットを受け取ると「行ってきます」と笑顔で言い、ゆっくりと歩き出す。 芭蕉さんは知らない。 私がこれからおばあさんのお見舞いに行くのではなく、オオカミさんに会いに行くことを。 芭蕉さんと一緒に暮らす家が見えなくなるまで真っすぐ歩くと大きくて広い、地元の人でも迷ってしまいそうな森がある。 私はバスケットを持ち直して深呼吸をしてから森へ進んで行った。 道と呼ぶには少し荒く歩きにくい、獣道を選んであるく。以前ここを歩いているときに出会ったんだ。 会えるかどうかなんて核心はなかったけど、予感がしているのは私がオオカミさんに恋をしているからなんだと思う。 暗くて心細い道の奥に進に連れて胸の高鳴りが大きくなっていった。 「なまえ。」 低くて冷たい声が空気を揺らして鼓膜を揺らす。私の肩が震えた。 ゆっくりと声のする方へ顔を向けると、オオカミと呼ばれ町の人に恐れられている人が立っていた。 「あ…。曽良さん。」 私と視線が合うと、彼は静かに溜息をついて近づいて来た。 一歩、一歩、彼との距離が近づくたび心臓が高鳴る。 「また来たのですか?芭蕉さんに禁じられているのでしょう?」 冷たい視線に搦め捕られ体が自然と固くなるが、それでも構わない。 「だって、曽良さんに会いたかったから。」 正直に答えれば彼の口角が少し上がったように見えた。そして、優しくて冷たい手が私の手首を捕らえ痛いくらい強く握る。 「痛っ…。」 「なまえは変わっていますね、僕に会いたいなんて。」 そう言うと彼の顔が近づいてきて、私の耳朶を優しく噛んだ。ゾクリと電気のようなものが背筋をかけていく。 「っ…。」 震える私を見て、彼は笑う。その冷たい笑顔に溶けてしまいそうだと思った。 「大人しく道を引き換えしたほうがいいですよ。今なら見逃してあげますから。」 細められた目がどこか優しくて、私は吸い込まれてしまいそうな錯覚を覚えた。 「いいえ、私は曽良さんに会いに来たんです。」 じっと彼の瞳を覗き込むように見つめ返せば彼の唇が動く。 「後悔は…」 「しません。」 私の言葉に彼の口角が上がって。その表情に心臓が締め付けられる。 「では、なまえ。こちらに来なさい。」 掴まれた手首を解放されて、それと同時に優しく手を引かれた。 期待で私の胸が高鳴る。 彼が向かう先はおばあさんが居た家。 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ 赤頭巾とオオカミ/曽良(童話赤頭巾パロ) fin 2010.03.09 |