白と黒と ※鬼男夢「白い塔と」と関連ある作品となっています。 この部屋を訪ねてくるのは、爽やかな風と閻魔大王様だけ。 私はいつもこの狭くて広く感じる白い部屋に一人ぼっち。 ここにあるのは、爽やかな風の入口である窓と、痛々しいほど白く塗られた壁と、白いシーツのひかれたベッド。そして、唯一黒く塗られた美しい椅子。 たったそれだけ。 私が閻魔様に出会ってから私の周りには白と黒しかった。 壊れ物を扱うように優しく抱きかかえ、この部屋に連れられたあの日。 汚れない白。 閻魔様は私に白が似合うといった。 淋しいかと聞かれたら、それほど淋しくない。 窓を開けると閻魔様が働くお屋敷は見えるし、風はいつでも暖かい。生きていた頃のように食べたり飲んだりしなくても死にはしない。 確かに、閻魔様は忙しくてたまにしか逢いに来てくれないけれど、必ずまた来ると約束してくれる。 だから私は真っ黒に塗られた美しい椅子に相応しい姿勢で座り窓の外を眺めて一日を過ごす。 「あれ…」 いつものように窓を開けて外を見ると人影が見えた。閻魔様とは違う見慣れぬ人影。どうやら肩がこっているらしく大きく伸びをしている。 その姿がなんだか可笑しくて笑ってしまう。 すると、人影の動きがこちらを向いたまま止まった。どうやら私に気付いたようだ。 こんなこと初めてだからどうしていいかわから無い。白と黒以外の新しい存在。 ―あれは誰なんだろう? 閻魔様はあまり外の話をしないから、ここに誰がいるのか私は知らない。 じっと見つめていると、向こうもこちらを見つめているようで。 心臓が少し速くなったような気がする。 暫くすると見慣れた人影が屋敷から出て来た。 ―閻魔様だ。 お屋敷から閻魔様が出てくるのを確認すると私は急いで窓を閉めた。 前に窓の外を見ている私の姿を見て閻魔様は「何処かに行ってしまいそうだ」と悲しそうな瞳をして言っていたから極力窓から外を見ていることがばれないようにしている。 窓から移動をして部屋の真ん中に座り閻魔様がこの部屋のドアを叩く音を聞き落とさないように精神を集中させる。 トントン 閻魔様の鳴らすノックの音は優しくて不安げで。 私はその音がとても好き。そう伝えたら恥ずかしそうに頬を染めて「ありがとう」と呟いていたのを今でも覚えている。 「どうぞ。」 私がこうやって応えないと閻魔様は決して中には入ってこない。大切な返事だからこの声が裏返ってしまわないかと緊張してしまう。 返事を聞くと閻魔様が静かに部屋に入ってくる。 たった一人この部屋に入るだけで色気もなかった部屋が、あの黒く塗られた椅子のように美しいものにかわり、私は別世界にいるような錯覚をする。 「なまえ。」 丁寧に呼ばれた名前は白い壁に吸収されていく。それでも私の耳は閻魔様の声拾いあげて。 応えるように私は立ち上がり閻魔様を出迎える。 閻魔様は最初に立ち上った私を抱きしめてくれる。初めて出会ったときのように壊れ物を扱うように優しく。 「閻魔様。」 いつものように閻魔様の体温に包まれているとぽつりと閻魔様が呟いた。 「…さっき、窓開けて外見てた?」 どうやら外を見ていたことがばれていたみたいで。また閻魔様を悲しませてしまう事が心苦しい。 「ねぇ、なまえ。」 恐る恐る見上げると、優しい目をした閻魔様が私を見ていた。胸の奥がキュンとなる。 「…はい。見ていました。」 「何か見えた?」 「なにか?」 私が首を傾げると、閻魔様の目が細くなった。そして、腰にあった右手私ので前髪をかきあげる。 「そ、何か。例えば鳥や人…鬼とかね。」 「鬼?鬼は見たことないですけど、人は見ました。閻魔様と私以外にも人がいるんですね。」 「ああ、そっか。君は人だからそんなに視力はないのか。」 そう閻魔様は言うと私の額にキスを落として笑った。どうやら悲しくさせてはさせていなかったようだ。 「?」 「うん。いいよ。」 閻魔様は私を解放すると黒い椅子に座る。美しい椅子が更に完璧なものになった。 私はその場に座り閻魔様の話を聞く。この時間が一番幸せなとき。 「さて、今日は何が聞きたい?」 彼はいつも一つだけ私の質問に答えてくれる。 この世界のこと、仕事のこと…あまり詳しくは教えてくれないけど。 「さっき私が見た人のことが聞きたい、です。」 これは私の中に眠るほんの好奇心。でも言ってしまった後に後悔をした。 閻魔様の表情が曇ったから。 「あ、でも…」 慌てて今の発言を取り消そうとしたがそれより早く閻魔様が答えた。 「さっき君が見たのはオレの部下だよ。」 「部下?」 「そう。しかも人じゃない。」 「えっ…それって」 「はい、質問はおしまい。」 閻魔様はそういうと立ち上がり、窓を開き外を眺めた。 心地よい風が閻魔様を通り、そして私の頬を撫でる。 「そろそろ帰るね。」 「もう…帰ってしまうのですか。」 今日はいつもよりずっと早く帰ってしまう。私が変な事を言うからだ。 私が肩を落とすと、閻魔様は私を抱きしめて頭を優しく撫でた。 その手はどこかぎこちなくて。 「大丈夫、また来るから。」 最後に頬にキスを落として扉の向こうに消えていく。 私は閻魔様の後ろ姿を見つめながら、窓から見えた彼の部下を思い出していた。 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ 白と黒と/閻魔 201.02.10 |