掃除の時間

「なまえさんいますか。」

教室の外に河合君がいる。私と河合君は同じ掃除場所で、隣のクラスの彼はいつも私を迎えにきてくれる。

「なまえ、あの河合君がまた迎えに来てくれたよ!」

サキちゃんはニコニコと笑いながら、ロッカーで荷物を整理をしている私を呼んだ。
日和学園で河合君を知らない人はいないと思う。生徒会をやっているし、整った顔立ちとクール(?)な性格をしているので女の子にとても人気なんだ。
たぶん、私にとって一番遠い存在。
それが、後期に入って偶然にも掃除場所が同じになって、それも二人きりで。
河合君から一番遠くて無関係だった私は同じ掃除場所の人という地位を獲得してしまった。
しかし、どうにも河合君と二人きりの掃除は緊張してしまっていけない。
ファンクラブの目が怖いのもあるけど、それ以上に河合君が優しくて、噂よりずっとお喋りな人で…いつの間にか少しずつそんな彼に惹かれている自分に気付いてしまったから。

「あ、うん。」

私は前期まで仲良しだった友達の冷たい視線を感じ、教科書を乱暴にロッカーに押し込んで急ぎ足で廊下に向かった。

「お待たせ。」

「いえ、では行きましょうか。」

河合君は私の歩調に合わせてゆっくりと歩く。決して私の前や後ろに行くことはなく、ぴったり隣にいる。
それがなんだか恥ずかしくて、怖くて掃除場所まで俯いて歩く。

「河合君さ…」

「何ですか。」

「なんでいつも私の事迎えに来てくれるの?先に行っていいんだよ。」

私は俯いたまま伝えた。いつもなら私の言葉には直ぐに反応してくれるのに、今日は何も答えてくれない。
河合君の表情が見られない分沈黙が怖かった。

掃除場所は教室から少し離れた中庭で、たぶん一番楽な場所。
中庭に到着すると、私は河合君の隣から逃げるように掃除用具入れへ急いだ。
なんとなく気まずかったから。

河合君の分のホウキを持って中庭に戻ると、女の人が何人か河合君を取り巻いている。見たことの無い人だから先輩だろう。
遠くからだったので、よくわからなったがしばらくしてその中の一人の先輩が走って行ってしまい、それを追うように他の先輩達もいなくなった。
呆気に取られその場に立っていると、河合君がやってきて。

「いつまでそうしてるつもりですか?早くホウキを下さい。」

「えっ、あ…はい。」

河合君は何事も無かったようにいつも通り掃除をしている。あれは告白だったはずなのに。
さっきの事と、河合君から感じる違和感から真面目に掃除をしている河合君から目が離せずにいると、不意に目が合った。

「さっきからなんですか?」

「ううん、ごめん。」

「ならさっさと掃除してください。」

「…はい。」

河合君と少し言葉を交わして気付いた。私が感じている違和感は河合君が喋らないからだ。
掃除をしているとき、必ず河合君は私に話し掛けてくれる。
授業の事、生徒会の事、俳句の事…挙げたらきりがない。

「河合君ってさ。」

気まずい沈黙を破りたくて、勇気を出して口を開いた。

「なんです。」

河合君はホウキを動かす手は休めずにめんどくさそうな返事を返してくれた。

「さっきのもそうだけど、モテるよね。」

「えぇ、まあ。」

「否定も謙遜もしないんだ…。」

「しかし、興味も無い女どもから好かれるより、自分の好きな人に好意を持ってもらいたいですね。」

「河合君、好きな人いるんだ。」

言ってしまってから後悔した。河合君の手がピタリと止まりゆっくりとこっちを見る。

「なまえさん、今日はやけに僕を怒らせることばかりいいますね。」

持っていたホウキを置いてゆらりと河合君が近づいてきた。
細い目が冷たい視線を私に送っていて、背筋が凍りそうになる。

「ご…ごめん!」

「理由もわかってないくせに謝らないで下さい。」

逃げるように後ずさったが、呆気なく河合君の綺麗指がホウキを持つ私の手首を捕らえて。

「…理由?」

「そうです。」

痛いくらい握られた手首。河合君に触られた部分がジンジンと痺れて生き物のようだ。

「えっと、河合君にも好きな人がいるなんて意外みたいな事を言ったことでしょ?」

河合君を見上げると、逆光でよく見えない。でも、彼の鋭い視線だけは刺さるほど感じて。

「それとは別にあります。」

「えぇーっ!?」

思い返しても河合君を怒らせるような事を言ったという記憶は見つからない。
河合君はわざとらしいため息を一つついた。

「僕は自分の意志で貴女を迎えに行っているんです。それをしなくていいと言われて怒らないはずないでしょう?」

「あ…。」

だから機嫌が悪かったのか。

「あれは、河合君を待たせるのが悪いなって思ったから!」

反論をしたら、手首がもげるほど強く握られた。

「痛いっ、痛いよ、河合君!!」

「僕は貴女と行きたいと言っているんです。何度も同じ事を言わせないで下さい。」

「な…なんで私なんかと。中庭に行けば嫌でも会える…痛たた!!」

「そんなことまで言わないとわかりませんか?」

河合君はそういうと、私を解放した。手首には生々しい赤い痕が残っている。

「一分一秒でも長く一緒にいたいからに決まっているでしょう。」

「…!?」

「それとも、なまえさんは僕と一緒にいるのは嫌ですか。」

私の顔が手首のそれと同じくらい赤く染まったのを気付いてないはずなのに、淋しそうな目をする河合君。

「そんなことないよ!でも…。」

「でも??まだ何かわからないことでもあるんですか。」

「河合君は好きな人がいるんでしょ??」

私の言葉を聞いた途端河合君は怪訝そうな顔をした。そして、腕を組んで何かを考えている。

「…私、何か変な事言った?」

「いえ。」

「なら…」

「もういいです。その答えは少しずつ貴女に理解させていくことにします。」

優しく私の髪に触れると、河合君が笑った。

「覚悟していてください。」

初めて見た河合君の笑顔を見たのと同時に掃除終了を告げるチャイムが鳴り響く。

「さぁ、戻りますよ。」

「ちょっ、それって。」

有無を言わさず河合君は再び私の手首を持つと、引きずるように私を連れていった。


















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掃除の時間/曽良
fin
2010.01.22

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