年末の行事

「わぁ、美味しそうな匂い…。」

台所から漂う食べ物の香りに釣られ芭蕉がやってきた。そこには丁寧に作られたお節が出来上がりつつある。
綺麗に飾り付けられた食べ物たちはまるで芸術作品のようにひとつひとつが輝いていて、芭蕉は思わず手をのばしていた。

「あ、芭蕉さん。つまみ食いしちゃ駄目ですよ。」

奥で作業をしているなまえの声が聞こえて、芭蕉はのばした手を静かに自分に引き寄せた。ちらりと目をやれば伊達巻を作っているところのようだ。

「だってお腹空いちゃったよ…。」

「これは夜のです。」

きっぱりと芭蕉の泣き言を聞き流すと焼き上がったばかりの伊達巻を重に詰めていく。
甘い卵の香りが芭蕉の鼻を擽り、口からよだれが溢れた。そんな様子を見てなまえは困ったように笑う。

「んもう。じゃあ、端っこの部分をどうぞ。」

「えっ!?いいの!!?」

「いいですよ。はい、あーん。」

重に入ることのない端の部分をそっと口元運ぶと、頬を染めて中々口を開かない。

「…いらないんですか?」

「いる!…けどちょっと恥ずかしくて。」

モジモジと体をくねらせる芭蕉。気にしていなかったがなまえまで恥ずかしくなってしまう。

「ばっ…そんなこと言う人にはあげません。」

「えーっ!?いる!いります!!あーん、ほら、あーん!」

ギャーギャー騒ぐと曽良が来るかもしれない。こんなところを見せたらまた馬鹿だの阿呆だの罵られてしまうだろう。なまえは芭蕉を黙らせるためにも素早く伊達巻を口に放りこんだ。

「んんん…、おいひい。」

甘い伊達巻が口中に広がり自然と頬が緩む。芭蕉の嬉しそうな笑顔になまえもうれしくなってしまう。

「あー、美味しかった。なまえちゃん、お料理が上手になったね。」

「そうですか?ありがとうございます。」

「夕飯が楽しみだなぁ。」

芭蕉は満足そうに笑うと目の前にあった田作りをつまみ口に放り入れた。

「あーっ!!」

「ごちそーさま!」

芭蕉はペロリと指を舐めながら逃げていく。不意打ちのつまみ食いに呆気をとられて追い掛ける事をしなかった。
そのかわりに走り去る芭蕉の後ろ姿を最後まで眺め、クスリと笑う。

「まったく…。」

自分よりうんと年上なのに子どものような芭蕉の行動にいつも笑ったり怒ったり飽きない日々を送っている。
なまえは芭蕉に食い荒らされた部分を直しながら来年もこうして芭蕉と二人笑いあえる日々を願った。



















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年末の行事/芭蕉
fin
2009.12.31

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