聖なる夜に 湯気のたたなくなった料理が机に並ぶ、なまえは自分の作った料理が冷めていく様子をずっと眺めていた。 時計の針は残酷にも一日を終えようとしている。目の前の主のいない椅子は自分の心を映し出すようにどこか淋しげで胸が痛む。 「はぁ…。」 今頃青いジャージを身に纏った(馬鹿みたいな)上司を追いかけ回しているだろう自分の恋人の姿を考えると自然とため息が零れ落ちていく。 「今日くらいは早く帰って来てよ…。」 主のいない椅子に向かって呟いても返事は返ってこない。 そもそもこの椅子の主はきっと早く帰ることが出来ないから、先に食べていてもいいと言っていた。この行為は僅かな希望に賭けた自分のわがままなのだ。 でも、クリスマスを恋人と共に祝いたいというのはなまえにとっては当然の感情で。今日の日の為にいつもより凝った料理を作ったし、彼の為のプレゼントだって用意してあるのに。 「妹子…。」 再び時計に目をやればイブを終えたことを告げる。なまえは机に置いてあった冷たい料理を持ってキッチンへ向かった。 「妹子も頑張ってるんだもんね、やっぱり暖かいお料理の方が嬉しいに決まってる!」 自分に言い聞かせるように呟き、料理を丁寧に鍋に戻して火を点けた。暫くすると冷たく固くなっていた料理からふんわりと美味しそうな香が溢れ出しなまえの肺を満たしていく。 「暖かいご飯がでたら妹子喜んでくれるかなぁ。」 ビーフシチューの鍋に火をつけてゆっくりと掻き混ぜれば、妹子の嬉しそうな顔が浮かんでは消える。まるで今この料理を作り始めたような感覚になり、先程までの沈んでいた気持ちが嘘のようで。 ガチャガチャ 一通りの料理に湯気が戻る頃、玄関から嬉しい知らせを齎す音が響き渡る。慌てて机の上に温かい料理を置いていると妹子が静かに部屋に入ってきた。 「ただいま。」 「おかえりなさい!」 やっと帰って来た愛しい人にとびきりの笑顔を向けて出迎えれば、妹子も嬉しそうに笑う。 「妹子ジャージのまんま。」 「そのまま帰ってきたから…。遅くなってごめん。」 「何言ってるの。クリスマスパーティーはこれからよ。」 赤いサンタさんも来てくれたしね。なんておどけて言えば安心したように微笑んだ。 「お腹空いたでしょ?温かいうちに頂こう。」 そっと妹子の椅子を引いてあげると、妹子はこちらに向かってきた。主の帰ってきた椅子はどことなく嬉しそうで。 しかし、妹子はその椅子には座らずそのままなまえを強く抱きしめて耳元で囁いた。 「なまえ、いつもありがとう。」 妹子の体はまだ外気の冷たさを残していてひんやりと冷たい。しかし、その冷たさすら妹子の一部のように感じる。 胸の奥がキュウっと締め付けられて心に貯まっていた涙がポロポロと静かに流れ落ち、妹子の赤いジャージを濡らす。 「あ…、ごめん。何泣いてるんだろ。」 「なまえ。」 なまえは涙を拭き取ろうとしたが、妹子はそれを阻止した。そして、とめどなく溢れる涙を指かわりに唇で受け止る。 「くすぐったいよ、妹子。」 涙はまだ止まらないがなまえはへにゃりと頬を緩ませて笑う。その笑顔に再び唇を落とせば、なまえは妹子の首に腕を回した。 「妹子。」 「何?」 近くなったなまえの目を見つめると、その瞳には涙で揺れた自分が映った。 「大好きだよ。」 「うん。」 「妹子が大好き。」 涙と共に何度も溢れる言葉はきっと拭っても拭いきれないくらいに溢れている。 「僕もなまえが、好きだよ。」 その言葉を受け止めるように強く抱きしめれば心が満たされていく。 しかし、心が満たされても体は膨れないもので、なまえのお腹が悲鳴をあげた。妹子が顔を覗き込むと恥ずかしそうに自分の手で顔を隠してしまう。 「うあー…妹子、ご飯食べよ。せっかく温めたのにまた冷めちゃう。」 「ふふ…そうだね。」 妹子はクスクス笑いながらなまえを解放して、遅いパーティーを始めた。 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ 聖なる夜に/妹子 fin 2009.12.23 |