以心伝心

師である芭蕉の家で本を読んでいた曽良は喉が渇いたので、本に栞を挟み床に置いた。
腰をあげようとすると視界に妹弟子のなまえが湯飲みを持って現れた。

「曽良兄さん、どうぞ。」

スッと差し出されたのは温かいお茶。ちょうど作りに行こうと思ったものだ。

「ああ、ありがとうございます。」

すんなりそれを受け取るとなまえは得意そうに笑った。

「私、曽良兄さんの行動パターンがよめてきました。」

フフフ。と得意げに笑う顔は芭蕉の調子に乗っているときの表情によく似ていて腹が立つ。曽良はお茶を飲みながらそう思った。

「今だってちゃーんとお茶を差し出せたし!」

キャッキャと子どものように曽良の周りではしゃぐなまえ、曽良が何も答えないことをいいことになまえは言葉を続けた。

「そのうち、曽良兄さんの心も読めちゃうんじゃないかなぁー!」

ニッコリ笑って自分を見上げるなまえに曽良はお茶の無くなった湯飲みを差し出した。

「それは無理でしょうね。」

「えーっ。」

曽良の湯飲みを受け取りながら不満そうな声をあげる。

「どうして?」

受け取った湯飲みに二杯目のお茶を注ぎながらなまえは首を傾げた。

「なまえは僕の本当に欲しいものを一生気付くことが出来ないからです。」

なまえは曽良に湯飲みを差し出した。なまえの掌で注がれたばかりのお茶が曽良となまえを映し出す。
曽良は差し出した湯飲みではなくなまえの手をにぎりしめた。

「え、何…?」

何も答えずただなまえの目を見つめれば、疑うことを知らない真っすぐな視線が返ってくる。
曽良はため息をついた。

「ほら、わからないでしょう。」

その手を解放してやるとなまえは眉をひそめ不機嫌そうな顔をする。

「今のじゃ誰もわからないよ。」

不満そうに尖らせた唇でなまえは曽良が受け取らなかったお茶を啜り、曽良は何も答えず床に置いた本を開き目を落とした。
曽良が再び本の世界に戻ってしまったのを見てなまえはつまらなそうに湯飲みを持って立ち上がり台所へ向かう。

「今度、芭蕉さんに聞いてみよう。」

なまえが小さく呟くと曽良は素早く彼女の着物の裾を踏んだのでなまえは派手に転んでしまった。

「そ、曽良兄さんっ!!」

「たまには自分で考えなさい。」

なまえが顔をあげると冷ややかな目をする曽良と目が合い、湯飲みがコロコロと二人の間を転がっていった。

















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以心伝心/曽良
2009.12.14
fin

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