見上げる世界 ガタンと電車が揺れる。 なまえの隣にいる芭蕉はその揺れに耐え切れずバランスを崩し、大きく体を揺らした。 それを見ていた目の前の青年が「どうぞ」といって席を立ち、どこかへ行ってしまったので、芭蕉はなまえと顔を見合わせて困ったような顔をする。 「松尾、そんなに年寄りに見えるかな。」 ションボリと肩を落とす芭蕉を見てなまえはクスクス笑い、芭蕉を慰めるように声をかけた。 「そんなことないですよ。ただ、ちょっと危ないかなって思った心優しい青年の気遣いです。」 なまえは芭蕉を空いた席へと促した。 芭蕉は渋々席に座ると、下からじっとなまえを見つめた。吊り革をしっかりと持ち、電車の揺れに対抗する姿はやはり若さが溢れているように見える。 まじまじと見つめていたせいか、なまえと目があった。 「そんなにジロジロ見ないで下さいよ。」 なまえは恥ずかしそうに笑う。見慣れた笑顔でも下から見と普段と少し違って見える。 「いやー、普段この角度でなまえちゃんをみないから新鮮だなぁと思って。」 嬉しそうに微笑む芭蕉はまるで子どものようだ。そんな芭蕉につられてなまえは笑ってしまった。 「うん、この角度で見るなまえちゃんの笑顔も可愛いね。」 「っ!!」 予想外の一言に恥ずかしくなって頬を赤く染めるなまえに、芭蕉は更に嬉しそうに笑う。 「たまにはこうやって座るのも悪くないなぁ。」 ねっ!とニヤニヤしながら芭蕉が言うとなまえはと呆れたような顔をした。しかし、その目はどこか嬉しそうに見える。 「それなら一生座っていてください。」 じゃれるように顔を近づけて笑いあうと、隣に座っていた知らないおばさんの咳ばらいが聞こえて二人は恥ずかしそうに頭を下げた。 「…曽良兄さんがいなくてよかったですね。」 ガタンと再び電車が揺れる。彼女は吊り革をにぎりしめて芭蕉を見た。 「断罪じゃすまされなかったかも…。」 芭蕉がそういうと二人は互いの顔を見合って笑いあった。 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ 見上げる世界/芭蕉 fin 2009.12.11 |