日本語の難しさ

「あーあ、完全に降ってきちゃった。」

芭蕉は空を見上げて呟いた。
その声は雨に負けて所々聞こえない。それでもなまえは芭蕉の呟きに答えた。

「だから小降りのときに行っちゃえばよかったんですよ。」

不満そうに尖らせた唇から出て来たのは、やっぱり不満そうな言葉で。
なまえの答えに芭蕉は困ったように笑う。

雨が降り出したのは10分程前の話で、芭蕉となまえは買い物帰りに雨と遭遇した。
通り雨だと判断した芭蕉は屋根のある場所へなまえを連れて避難をしたのが事の始まりだった。

「夕飯遅くなったら、曽良兄さんに怒られますよ。」

はぁ、とため息をはくなまえはきっと鬼のような兄弟子曽良の姿を想像しているのだろう。芭蕉も同じように冷たく自分を罵倒する鬼弟子を考えたら背筋が凍るように冷たくなった。
そんな二人を余所に雨脚は強くなるばかりで。

「いっその事二人で何処かに行ってしまいたいね…。」

芭蕉はがっくりと肩を落として呟いた。
ねぇ。と同意を求めようと隣にいるなまえに目をやると彼女キョトンとした顔をした。

「えっ、何?松尾の顔に何か付いてる??」

「あ…、いえ。違います。ただ、昨日読んだ本と同じ台詞だったので。」

そういうとなまえは頬を赤く染め俯いてしまった。
芭蕉は首を傾げて思考を巡らせる。なまえは最近どんな本を読んでいただろうか、少しずつ記憶を辿っていくと一冊の本にたどり着いた。

「あ…。」

思い出した芭蕉も少しずつ頬が赤くなる。
なまえが読んでいたのは、最近流行りの本で、確か男女の恋愛を描いたものだったはず。本来なら結ばれない二人が駆け落ちをするストーリーだったはず。
芭蕉は鬼弟子のいないところに逃げたいと言う意味で言ったが、確かに捕らえ方が変わればそうなるのか、と芭蕉は笑う。

「日本語って難しいねぇ…。」

芭蕉となまえの関係もまたあの小説と同様に世間ではあまり良しとされない仲である。それ故に自然と自分と重ねて読んでいたのだろう。

「なまえちゃんは私と一緒だったら何処にでも行ける?」

更に雨脚が強まったが、芭蕉は声のトーンは変えないで呟いた。もしかしたらなまえには聞こえなかったかもしれない。芭蕉はそれでもいいと思っていた。
しかし、なまえはしっかりとその声を聞き取ったらしく、伏せていた顔をゆっくりとあげた。
そして、頬は染めたままにっこりと微笑み。

「あの世までご一緒させてください。」

そして、芭蕉の手を自分の手を重ね優しくにぎりしめた。

「あ…あの世って…。」

怖い事言うなあ…と芭蕉は困ったようになまえを見たが、その表情は満更でもないといったもので。
二人は顔を見合わせて笑った。

「ずっとお傍に居させてくださいね。」

芭蕉はなまえの言葉に答えることは無かったが、握られた手を強く握り返した。

























「じゃあ、家に帰ってから私だけ曽良君に怒られたとしてもちゃんと助けてね。」

「それは嫌です。」

「松尾バションボリ…。」





















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日本語の難しさ/芭蕉
fin
2009.11.24

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