白い息 空は暗い闇に覆われている。今夜は月も星もなく、時折吹き付ける北風は指先の感覚を奪っていった。 明かりの少ない道を閻魔となまえは歩調を合わせて歩いている。 「閻魔は夜って感じするね。」 なまえが呼吸するたびに口や鼻から白くなった息が闇色の空に舞う。閻魔はなまえの台詞よりも、白くなった息の方が気になってしょうがない。 「へぇー。」 閻魔は適当に返事をしてなまえを見ながら歩いた。 「昼間に学校で見るよりずっといいよ。」 適当な返事にも関わらずなまえは言葉を続ける。何故ならなまえは閻魔が喋っても息が白くならないことがとても気になっていた。 だからどうしても閻魔に話しをしてほしかった。 しかし、閻魔からの返事は「へぇ。」とか「うん。」といった簡単で短いものばかりで。 「ね、聞いてる?」 少し苛々した口調で言えば、閻魔はニヤニヤ笑う。 「何よ。」 「女の子ってさ、その台詞好きだよね。」 ニヤニヤと笑う閻魔を見てなまえは倦怠期の恋人に言うような台詞を彼氏どころかこの世の人でもない閻魔に言ってしまった自分に後悔した。 なまえはハァとため息をついてから口を開く。 「なんでそんな事知ってんの。あんたこの世の人じゃないじゃん。」 こうして口にしてみると、とても変な感じがした。隣を歩く男はこの世には実在しなくて本来なら触れるどころか喋ることも出来ないなんて。 「だってよくこうやって遊びに来るし。まぁ、こんなふうに姿を見られた上に一緒に歩いたことなんてないけどね。」 閻魔の口からはやはり白い息は出てこなくて。 その様子をただ無言で眺めているなまえを見て閻魔は笑う。 「だから、なまえと一緒にいると楽しい。」 予想外の台詞になまえは自分の頬が熱くなるのがわかった。 暗くて閻魔には赤くなっているなんて気付かれていないことは予想ができたが、反射的に顔を背けた。 「あっそ。」 この世の人でないとわかっていても触れることが出来なくても、出会った瞬間からこの男に心が惹かれている。いつも通り素っ気ない返事をしても、勘の良い閻魔にはなまえの心の動揺は見抜かれているに違いない。 「明日も学校に来るの?」 これ以上この話しを続けても自分の感情を暴露するだけだと感じたなまえは素早く話題を変えた。 「あー、どうしよう。最近鬼男くん怖いんだよね。」 「ふーん。」 「なまえは来て欲しいと思う?」 なまえは思わず足を止めた。 閻魔はそんななまえの一歩前に立ち、振り向いて笑う。 「ねぇ、今日の閻魔変だよ?」 笑う閻魔を睨んでも何の効果も無い。 「オレの質問に答えてよ。オレに来て欲しい?」 なまえは深くため息をついた。 「私は閻魔が来ても来なくても屋上にいるから。」 来たいなら来れば?と冷たく言い放てば、閻魔から笑顔が消える。なまえの胸がチクリと痛んだ。 「そっか。」 ははっ、と笑ったように声を出すがその表情にいつものような明るさは無い。 閻魔はなまえに背を向けてゆっくりと歩き出した。 「…あのっ。」 何か言わないと勘違いさせてしまう。なまえは必死に言葉を紡ぐ。 「でもっ、私も閻魔と一緒にいるの楽しいから…!」 無意識に手を伸ばし、少しずつ遠ざかる背中を追い掛ける。届くことがないとわかっていても、そばに居たいて欲しいとなまえは心から思った。 伸ばした手が閻魔に追い付いたとき、なまえの掌が閻魔の服に触れた。 「あ…。」 「え…?」 閻魔もなまえも足を止めてお互いにその感触を確かめる。 「触れ、た?」 なまえがぽつりと呟けば、閻魔は声を殺して笑った。 閻魔もこの事態に正直驚いている。 「こんなこと初めてだ。」 振り向いてなまえを胸に引き寄せればなまえの高い体温が伝わった。 「ホント、なまえはオレの中の常識と理解を越えてるよ。」 耳元で囁かれる言葉と共に閻魔の息を感じてなまえは嬉しそうに笑い、閻魔の背中に腕を回した。 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐ 白い息/閻魔 fin 2009.11.22 |