会いたいのは…

「会いたいなぁ。」

本を読んでいたなまえがぽつりと呟いた。
芭蕉もなまえの隣で本を読んでいたが、その声に反応してゆっくりと顔をあげる。
なまえを見れば、夢の中にいるようなぼんやりとした目をしていて。
好きな男が出来たんだろうか?
なんて不安になるが、いつも頬を染めながら芭蕉にむかって好きだと言うなまえに限ってそんなことはありえない、と芭蕉は自分に言い聞かせ口を開いた。

「…なまえちゃん?」

芭蕉の声で現実に戻って来たなまえは、芭蕉の顔を見て「ふぅ」とため息をついた。

「ため息!!?」

私、何かした!?と涙目でなまえに問うと、彼女はケラケラと笑う。

「すみません。」

なまえは読んでいた本に栞を挟み静かに閉じると、本を持っていた手でそっと芭蕉の頬に触れた。
そして、顔に刻まれたシワを優しく指でなぞる。

「なまえちゃん?」

芭蕉はわからないといった顔をした。
そんな芭蕉をみて、なまえはにこりと笑う。

「私は今の芭蕉さんが一番好きです。」

ほんのり染まるなまえの頬、芭蕉もつられて耳が熱くなる。

「でも、このシワがなかった、もっと若い頃の芭蕉さんに…会ってみたいんです。」

「小さい頃に会ってるじゃない。」

芭蕉は少し口を尖らせ拗ねた子どものように言う。

「違います、もっと若い頃。」

なまえは少し考えてから「今の私くらい。」と付け加えた。

「会ってどうするの。」

過去の自分とはいえなまえが今の自分以外に興味を持つというのが引っ掛かる。
芭蕉は少し不機嫌な顔をした。

「…どうしましょう。」

不機嫌な芭蕉とは対象的に意地悪な笑顔を見せるなまえ。その笑顔がますます芭蕉を不安にさせる。
不安げな芭蕉の顔を見て今度は悪戯っ子のように笑う。

「そんな顔しないでくださいよ。」

芭蕉は自分の頬を撫でているなまえの手をそっとにぎりしめた。

「だって、なまえちゃんが意地悪だから。」

「昔の自分に妬いちゃいました?」

上目使いで芭蕉を見れば、芭蕉は困ったような顔をする。

「言ったじゃないですか。一番は、今の芭蕉さんって。」

なまえはニコっと笑うと甘えるように芭蕉の肩に頭を預けた。

「じゃあ、なんで会いたいの?」

芭蕉がなまえの髪をゆっくり指に通すと、ふわりと甘い香りがした。

「話しをしたい…かな。」

「話し?」

わからない。といったように芭蕉が首を傾げるとなまえはクスクスと笑う。

「そう、話し。」

そう言うとなまえは顔をあげ、再び芭蕉の顔のシワに触れた。
シワの深さを確かめるように彼女はゆっくりと指を滑らせていく。

「ちょっ…シワに触らないでよ。」

芭蕉は眉ひそめたが、なまえは気にする事なく指を滑らせる。

「私くらいのとき芭蕉さんはどんなことを考えていたのかなぁ…って思ったんです。」

そう言ってシワの上を走っていた指をそっと唇に乗せた。

「今の芭蕉が好きだけど、今じゃない芭蕉さんのことも知りたいから。」

そこまで言うと彼女は笑う。
そして、自分の指の上から芭蕉の唇にキスをした。

「変ですか?」

芭蕉は耳まで赤く染めている。

「変じゃないけど、…。」

なんとなくすっきりしないが、否定するのもおかしい。芭蕉は困ったように眉を下げて笑う。
そんな顔をみて煮え切らない芭蕉の気持ちを察したのか、なまえは芭蕉の膝の上に子どものように座った。

「どんなに頑張っても会えませんけどね。」

クスクスと笑う。

「だから、芭蕉さんの昔話を聞かせてください。」

甘えるように肩に頭を擦り寄せるなまえを抱きしめれば先ほどの馬鹿馬鹿しい気持ちも溶けていく。
なまえには敵わないと思い知らされ、芭蕉は口を開いた。






‐‐‐‐‐‐‐‐
会いたいのは…/芭蕉
fin
2009.11.10

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