よりどころ

「そこに耳をあてると何が聞こえる?」

芭蕉さんは虫のように背中にしがみつく私に問う。私は少しだけ考えた。
芭蕉さんの質問の答えと、私がこうしているわけを。
あの頃の私は自分の心と身体の置場を探していた。
こどもが親の脚にピッタリしがみつくように、安心できるちょうどいい心地の置場が私には必要だった。
部屋の隅、庭の陰、木の上、商店街の人込み…私は様々なところを探したけど見つけた場所は、俳句の師匠の背中だった。

「心臓の音が聞こえます」

温かい、と心の中で思う。この鼓動を聞くたびに荒れ狂っていた心の波が静んでいくのがわかった。

「どんな音?」

芭蕉さんが喋ると耳と密着した部分がブルブル震えてくすぐったい。
初めて私が芭蕉さんの背中にくっついた日のことを私は部分的にしか覚えていない。
ただ、縁側で俳句のこと(だけではないだろうけど)を考えていた芭蕉さんの背中に吸い寄せられるように頭を置いていた。
カチッと音がするんじゃないかと思うくらい自然に、昨日もそこに頭を置いていた錯覚をするほど当たり前に吸い寄せられていたような気がする。

「えっと…ドンドンかな」

「そっかー、私の心臓はそんな音がするのかあ」

あの日芭蕉さんは驚いたような声をあげたけど、そうした理由を問い詰めたり怒ることはなかった。
ただ、以前兄弟子に褒められたと言っていた俳句や今出来上がったばかりの俳句、そして今日の夕飯の話…ありふれた日常を演じてくれたのを覚えている。

「うん」

芭蕉さんが喋ると私がくすぐったくなるのと同じように、私が喋ると芭蕉さんは背中をムズムズと動かす。

「なまえちゃんの心臓もそんな音がしてるのかな」

同じ、そういわれてなんだかくすぐったい。身体がではなく心が。
なんとなく少しだけ芭蕉さんに寄り掛かる力をいつも強くする。
これが私の精一杯の照れ隠し。
それを知ってか知らずか芭蕉さんは嬉しそうに笑った。

















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2013.06.28(04.10)
よりどころ/芭蕉
fin

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