夏の約束 ドン ドン と大きな音を立てて花火は夜空に咲きます。 花火が咲いた瞬間、暗かった空間がうっすらと明るくなり隣に立つなまえの顔が照らし出されました。 うっとりと夜空に咲く花火を見上げ、歓声をあげるなまえ。 鬼男は花火なんて忘れてなまえの横顔を眺めました。 そして、ただこの時間が永遠に続くことを願います。 すると、なまえが鬼男に視線を送りました。 暗闇だったら慌てて視線を反らせば鬼男がなまえを見つめていたことをごまかせたかもしれませんが、花火のあがる瞬間だったものですからばっちり目が合ってしまいました。 「あ…えと………!」 鬼男はごまかすように口を開きました。 しかし、口から飛び出てくる言葉は頼りない言葉だけ。 そんな鬼男になまえは微笑みます。 「…綺麗だね!」 「そ、そうですね!」 本当は花火なんてちっとも見ていなかった鬼男でしたが話しを合わせるためそう答えました。 するとなまえはますます嬉しそうに笑います。 「今日は花火が見られて本当によかった!誘ってくれてありがとう。」 己だけに向けられたなまえの言葉と笑顔に鬼男は心から幸せを感じ、胸は締め付けられました。 今日一番の胸の苦しさに、鬼男は思わず顔をしかめてしまいます。 溢れ出すこの想いは愛おしい気持ちの筈なのに何でこんなに苦しいのか鬼男は検討もつきません。 答えを求めるように鬼男はなまえの名を呼びました。 いつもだったら「先輩」と呼んでいましたが、この瞬間彼女の名前を呼んでいたのです。 それは弱々しくも色気のある声でした。 「なまえさん」 なまえは鬼男から名前を呼ばれたことにも驚きましたが、それ以上に鬼男が苦しそうに、でも真っすぐ自分を見つめていることに気がつきました。 それは熱の篭った瞳でなまえは胸を射ぬかれたように熱くなりました。 「なぁに?」 胸の熱さを隠すようにいつもの調子で答えます。 しかし、鬼男の瞳はごまかすことを許さず、なまえの視線を離しません。 「来年も俺と一緒に来ませんか?」 「え?」 「出来ることなら、また二人で一緒に…」 鬼男がそういうとなまえの頬が赤く染まったように見えました。 もしかしたら赤い花火があがっただけだったのかもしれませんが、そんなことを考える余裕が鬼男にはありません。 締め付けられていた胸が一瞬解放されて血液が身体中を駆け巡り耳元でドクドクと鳴り続けているように聞こえました。 「うん、また二人で一緒に来よう」 気がつくと二人は夜空ではなくお互いを見つめ合っていることに気がつきました。 なまえはなんだか恥ずかしくて、でもこの雰囲気を壊したくなくて照れを隠すように右手を二人の間に差し出しました。 そして、小指を立てて見せます。 「指切り…絶対に忘れないでね。」 なまえに触れていいものなのか悩んだ鬼男でしたが、吸い込まれるように右手の小指をなまえの指に絡めました。 「はい。」 鬼男はそういうと自然と微笑んでいることに気がつきました。 胸を締め付ける苦しさよりもなまえと交わした約束が己を幸せにしていることに気付いたのです。 熱くて柔らかい指の感触は花火の美しさより忘れられない思い出になりました。 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ 夏の約束/鬼男 fin 2012.08.27 |