こんぺいとう 花柄の小さな手提げ袋に指を入れてゴツゴツした塊を取り出し口に放り込んだ。 甘味が口に広がる。 この甘いものはこんぺいとうだった。 その優しい甘さに触れるたびあの日を思い出す。今もあの日の事を思いだして無意識のうちに微笑んでいた。 「さあ、今日は好きなものを一つだけ買ってあげる。遠慮はいらないよ。」 私が思い出せる最大の過去の記憶。 まだ師匠である芭蕉先生の皺が目立たない頃、私がまだ片方の手で己の年齢を数えられたような記憶だ。 「僕はこれがいいです。」 曽良兄さんはいつでも迷う事なく綺麗な紙を求めた。 兄弟子がこの紙にいっぱい師匠の句を真似していることを私は知っていた。 だから、私も彼のように俳句に関わるものを求めようとした。 しかし、まだ字も書けない幼い私には俳句とは何かわからなかった。 「曽良くんはいつもそれだねぇ。なまえちゃんは?何でもいいんだよ。」 師匠の視線を受けて私は慌てて俯く。あの頃の私は自分の意志をうまく表現できなかった。 言葉を出すかわりに私はいつものように首を横に降る。 「えー、そう?いつも遠慮してない??今日は特別なんだから遠慮はいらないんだよ。」 師匠にそういわれてしまえば断ることなんて出来ない。 私は必死になって買ってもらえるものを探した。 「あ…」 その時偶然視界に入ってきたのがこんぺいとうだった。 当時、こんぺいとうは今よりも入手が困難だったらしい。 「あの…芭蕉先生……これ。」 弱々しく指差すと太陽みたいな笑顔で私を見つめてくれた。 そして、大きな掌で私の頭を撫でる。 「キラキラして綺麗だねぇ。流石女の子。」 今でも覚えている。芭蕉先生の優しい笑顔。ただ欲しいものを一つ選んだだけなのに褒めてもらえて、自分の選択で他人まで幸せに出来ることを知った幼い頃の思い出。 こうして初めて芭蕉先生から貰った贈り物、それがこんぺいとうだった。 ふと、意識を戻すと手提げ袋の中身が無くなっていることに気がついた。 今すぐ必要というわけではないが無いと不安になる。 私は腰をあげて出掛ける支度をした。 すると襖が2〜3度叩かれ、静かに開いた。 戸の向こうに芭蕉先生がいる。 「なまえちゃん」 「あ、芭蕉先生…。」 「これから出掛けるの?」 「はい、夕餉の支度には間に合うようにします。」 「じゃ、その前にこれあげるね。」 芭蕉先生はそういうと私に小さな包みを手渡した。 見覚えのあるかわいらしい包装紙。 「これ…」 「今更こどもっぽいかな?とは思ったんだけど、今日偶然見つけてね」 ニコニコ笑う芭蕉先生に見守られて包装紙を開く。 そこから出てきたのはあの日見たのと同じこんぺいとうだった。 「なまえちゃんが初めて欲しいものを言ってくれたのがこれだったな、って思い出して買っちゃった」 そういわれ私の頬は朱に染まる。 どうして人に過去を言われると恥ずかしくなるんだろう? 私は俯いてしまう。 「先生…あの、ありがとうございます。」 「いいの、いいの!暗くなるから買い物は程々にね」 芭蕉先生はそういうと足早に去っていく。 私は包装紙の中から一つだけこんぺいとうを拾いあげて口へ運ぶ。 優しくて甘い、そして懐かしい味が咥内へ広がり幸せな気持ちになった。 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ こんぺいとう/芭蕉 fin 2012.06.22 |