ストーカー被害 私は現在ストーカー被害を受けています。 「なまえ…待て、ちょっ、一回でいいから振り向いてくれないか。」 真後ろから聞き慣れた声がした。 私は無視するように早足で歩いていたが、流石にうんざりして立ち止まる。 「なまえ、やっとわかってくれた…」 「いい加減に………………しろ!」 私はそういいながら目障りな男の鳩尾に一発喰らわせてやった。 ドスッという音と共に男は「ありがとうございます!」と言いながら地面にうずくまってしまう。 殴ってしまったことに対する若干の罪悪感はあるものの、毎日仕事帰りに声をかけられしつこくあとをつけられているという自分の立場を思うと自己防衛だと言い聞かせるのであった。 事の始まりは冬の寒い夜。 雪でも降りそうな日に私は長い間時を共にした男に別れを告げられた。 理由はわからない。 ただ、私と別れてからすぐにあの男に別の女と親しげに歩いていたという話を聞いたから、私以外にいい人がいたのかもしれない。 今となってはそんなことどうでもいいが、当時の私にとっては死活問題だった。 彼に捨てられたショックと己の行き場を無くしてしまったという悲しみから自暴自棄になっていたと言っても過言でもない。 だってあの時の私は死ぬつもりだったのだから。 「おい、そこの女」 突如背後から話し掛けられ私は涙でボロボロになった醜い顔を向ける。 そこに立っていたのは暗い闇に溶けてしまうのではないかと思うくらい真っ黒な恰好をした男。 私は何も答えず男にぼんやりと視線を送る。 一瞬不審そうな目をした男だったが、すぐに口角をあげた。 「女、お前の血を吸わせろ」 目の前の男が何を言っているのか解らずに私は首を傾げた。 「お前の命を俺に捧げろと言っているんだ」 何も答えない私に再び口を開いた男はゆっくり私に近づいてくる。 涙で歪む視界で非現実的だった世界が男の鳴らす靴音で現実的なものにかわる。 「…いい、よ。」 死ぬつもりだったし、と心の中で呟いて男に微笑みを向けた。 男は驚いたのか目を大きくして私を見つめ、私の目の前で立ち止まる。 「そんなことを言われたのは初めてだな」 私の体に男の影が覆いかぶさる。 うっすらと笑う男の口から見える鋭い歯が光り私は身震いをした。 心の奥から沸き上がる感情。 「…………怖い」 私はそういうと無意識のうちに男を突き飛ばしていた。 力を入れすぎたのか、男の体が軽いのかわからないが予想よりも男の体は遠くへとんでいく。 「っ……ごめんなさい!」 そういい残し私はその場を後にした。 そう。あの日以来、男は私の後をつけてくる。 どこから仕入れたのかご丁寧に私の名前まで調べあげて。 「おい!なまえ!」 肩を力強く引かれ、視界がかわる。 目の前にはあの男。 「な…何よ。血はあげられないわよ。」 己の身を守るように両腕で自分の体を抱きしめて男を睨みつける。 男はあの時のように一瞬目を大きく見開いたがすぐに口角をあげた。 「いや…違うんだ。なまえにこれを。」 そういって差し出されたのは見慣れた手帳。 ずっと無くしていたものだったが、あの時に無くしていたのか。 「え…これのため…だけに?」 恐る恐る手帳を受け取り口を開く。 もしもそうだとしたらとんだ迷惑を今までかけていたことになるが…。 「いや……あと…………」 男はそういうとほのかに頬を赤らめた。 「何?」 「ん、何だ…いい表情に……いい女になったな。」 「え」 冷たい掌が私の頬に触れる。 近くなる男の顔に何故だか私の心臓が鳴り響いた。 「益々なまえの血が欲しくなった」 耳元でそう囁かれ無意識に体を固くして少しでも身を守ろうとする。 「や…」 やめて、と胸を軽く押し返したつもりが男の体は冗談みたいにひっくり返ってしまった。 「え?ちょっ…何!?」 「流石なまえ…いいパンチを持っているな。」 地面に顔をつけて恰好つけている男が妙に滑稽で思わず笑ってしまった。 私は男に手を差し延べて体を引き上げてあげる。 軽くて弱々しそうな体だ。 「そんな力いっぱいやったつもりじゃなかったんだけど…ごめんなさいね、えと……」 「北島だ。」 「北島………さん。」 「ああ、バンパイア北島だ。さっきの謝罪として血を吸わせてくれないか?」 「…………それじゃ、失礼します。」 「ちょっ待て!!なまえっ!なまえー!!」 私は無表情で北島さんに背を向けると後ろで私を引き止める声が上がる。 今まではこの声が聞こえても振り返る気持ちなんて起きなかったけど、たまには振り返ってあげてもいいかな。 なんてね。 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ 綾さんリクエスト ストーカー被害/北島 2012.02.29 fin |