溢れる気持ち

教師と生徒、私と彼女の年齢…そんなのがなかったら。

彼女のあの細い体をこの腕に抱きしめることが出来ただろうか。








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居心地の良い生徒会室を飛び出して少し急ぎ足で向かう。
向かう先は担任である芭蕉先生の研究室。
転校して来たばかりで不安の私に優しくこの学校を教えてくださった。
それに私が本好きとわかると面白い本ばかり貸手下さる。
何度あの優しい笑顔とに救われただろう。
気が付けば教師としてではなく、一人の男性として芭蕉先生を見ている自分がいた。

早く会いたい。
でも、困らせたくない。

こんなこどもに好意を寄せられたって嬉しくはないだろう。
ましてや自分の教え子とあっては尚更。

わかっているのに、気持ちは膨れるばかりで。

研究室の前に立てば緊張で手が震える。
ふぅ、と深呼吸をしてから扉に手をかけた。

芭蕉先生は机に向かって何か作業をしていた。
いつもなら扉を開けたら気がついてくれるのに、よっぽど大変な仕事なのかな。

「芭蕉先生。」

緊張で声が裏返らないかとか、ちょっと不安だったけど、大丈夫いつも通りの声。
私が声をかけると芭蕉先生は顔を上げて優しく微笑んだ。

なんていうか、心臓を掴まれた気分。

「ああ。いらっしゃい、今日の仕事はもういいの?」

芭蕉先生はプリントを纏める作業の手を止めてくれた。
お仕事中だったのに、申し訳ないことしたかな。

「終わってないんですけど、太子先輩と閻魔先輩が遊んじゃってそれどころじゃないんです。」

さっきまでの生徒会室の出来事を思い出し、私は困ったような笑い方になった。

「まぁ、そのお陰でここに来れたんですけど。」

私はそういうと、芭蕉先生から借りていた本の事を思いだして鞄から一冊の本を取り出した。
芭蕉先生のいる机に置くと芭蕉先生は驚いた顔をしている。

「わぁ、もう読み終わったの?」

正直自分でもこんなに早く読み終わるとは思っていなかったんだけど、こうでもしないとこの研究室には来れない。
疚しい気持ちがこうやって読解力を上げている。

「はい!とっても面白かったです。それに古典の勉強にもなりました。」

古人には悪いと思うけど、しょうがない。
でも、ストーリーはちゃんと覚えてるし、本当に面白かったから嘘じゃない。

「それはよかった。」

私を見て芭蕉先生は嬉しそうに笑った。

その笑顔は反則です。
想いが溢れてしまう。

「次に貸そうと思っている本を今日は持ってきてないんだよね、明日でもいいかな?」

芭蕉先生は申し訳なさそうに笑う。
私は芭蕉先生の優しさを感じて、思わず頬が赤くなってしまった。
そして、私の中の理性がぷつりと切れる音がする。

「いつでも大丈夫です。芭蕉先生が貸してくれるなら。」

気が付けば口から言葉が溢れていて。

「…っ。」

芭蕉先生を見れば困ったような笑顔。
胸が、心が重い。

でも、そんな笑顔ですら愛おしくて、本当に自分はどうしようもないなと思う。

この気持ちが伝えられたら楽になるのでしょうか?
それとも貴方を想う気持ちが大きくなるだけなのか。

答えはわかっているから、中途半端に想いを伝えて後悔をする。
馬鹿みたい。

「では、そろそろ戻りますね。」

これ以上ここにいても芭蕉先生を困らせてしまうだけ。
謝ることも出来ないなんて。

芭蕉先生は何か言いたそうな顔をしていたけど。

「何か手伝うことがあったら呼んでください。」

先に私が遮ってしまったので、芭蕉先生は何も言わなかった事をいいことに、芭蕉先生の事を見ないように、足早に研究室から出て来た。

こうして芭蕉先生を困らせているのに、明日にはまた懲りずに芭蕉先生のもとへ行ってしまうんだろうな。
私は閉まっている研究室の扉にそっと触れた。
この扉の向こうには愛しい人がいる。




どうか、こんな我が儘な私を許してください。







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芭蕉/溢れる気持ち
fin
2009.10.24

第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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