憎たらしい女

仕事も程々に済ませ入鹿は朝廷内を歩き回る。
キョロキョロとせわしなく辺りを見回して入鹿はある人物を探していた。

「なまえ」

ようやく見つけたのは縁側で小さく座り込んだ変な女。
見慣れない服に髪型に装飾品。
学があるらしく、口を開けば何かと入鹿のやることに文句を付ける。

―顔だけ見たら愛らしい顔をしているのにな。

ふとそんな事を考えて、入鹿は慌てて頭に浮かんだ言葉を忘れようと首を横に振る。
そして、いつまでも反応しないなまえの名前を改めて呼んだ。
ようやく入鹿の声を聞いて反応を示したが、体を動かすのが億劫なのかなまえは首を限界まで上に向けて声の主である男へ視線を送った。

「こんにちは、入鹿さん」

「おい、蘇我入鹿様が直々に声をかけたんだ。少しは敬意を示せよ。」

入鹿から鋭い視線が降り注ぐがなまえは気にすることもなくへらりと笑って見せる。

「いやよ。だって私は入鹿さんの凄さがわからないんだもん。早口の一つでも出来るようになったら少しは考えてあげる」

なまえの刺だらけ言葉に入鹿は言葉を詰まらせる。

「お前なんてあの小僧やおっさんと未来に帰ればよかったんだ」

チッと小さく舌打ちをする入鹿だが、なまえの耳には入らない。
それどころか厭味たっぷりの声で

「さ、今日は何の練習をするの?厚底?それともヨーヨー?」

なんて言われる始末。

「お前は衣食住の恩ってのは無いのか!」

ギャンギャン騒ぐがなまえは鼻で笑うだけだった。

「恩?だったら今すぐ私を捨てたらいいじゃない」

そういうと小さく座り込んでいたなまえは顔を膝に押し付け更に小さくなる。
入鹿は彼女の背中を見て、ため息をもらした。

「もういい、今日は厚底をやるぞ。準備をしろなまえ」

「はいはい。」

なまえは入鹿の言葉を聞くとぱっと頭をあげて重い腰をあげる。
そして、厚底靴を取りに行くため入鹿に背を向けて歩きだした。
その離れていく背中に入鹿は彼女に聞こえないように呟く。

「俺がお前を手放せる訳無いじゃないか…」

どこか自分に言い聞かせるような台詞。
入鹿は呟いた後ふと我にかえり頭を乱暴にかいた。
権力者である蘇我入鹿が「未来からきた」と言い張る変な女に現を抜かしているなんて、他の奴らの耳に入ったら大騒ぎだ。
そして何気なく視線を遠くをのうのうと歩くなまえへ向ける。
すると突然なまえは振り返り入鹿に手を振った。

「今日も頑張ろうね、入鹿さん!」

そう言うとなまえは小走りで去っていく。
なまえにとって何気ない一言だったのかもしれないが入鹿には予想外の一言。
入鹿は全身が熱くなるのを感じた。

「くそっ…あの馬鹿女」

熱くなる頬や体を持て余し、入鹿は再び乱暴に頭をかくのであった。



















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ユズハさんリクエスト
憎たらしい女/入鹿
fin
2011.11.01

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