言い訳 私はどちらかといえば学校という施設は好きになれない。 それでも毎日真面目なふりをして通う。 その理由の一つに私の好きな部屋がある。 その部屋には私の大好きな人の城でもあるのだが、私はその部屋に通うために好きでも無い学校に通っているのだ。 「なまえさん。そろそろ帰ったら?」 困ったように眉を下げて優しい声を私に投げ掛けるのは、古典を担当している松尾芭蕉先生だ。 この城の主であり、私の想い人でもある。 「やです。だって放課後は始まったばかりじゃないですか。」 私はニコニコと絶えず笑顔を浮かべ芭蕉先生のお気に入りのクッションを腕に抱く。 ほのかに芭蕉先生の香りがする。 「でも私はこれから部活にいくよ。」 「ダメです。」 きっぱりと言い切ると先生はますます困ったといった表情を見せる。 その表情たまらない。 「それに古典のテスト対策を教えてくれるんでしょ?」 私は目の前に放り出された教科書とノートを指差した。 先生はノートを見ると首を捻って私に視線を送る。 「君はテスト勉強する必要ないくらい成績がいいじゃないか。」 「じゃあ受験で使えそうな専門的なことを教えて。」 私のノートの近くに置いてある古語の専門書をを手に取るとパラパラとめくって中身を覗くふりをする。 「だから私は部活が…」 いつまでも私を突き放す態度を見せる芭蕉先生をじっと見つめれば、その視線に気付いた先生は慌てて私から視線を反らす。 「だから、もう帰りなさい。」 逃げるようにくるりと背を向けた芭蕉先生は部活に行く支度を始めている。 私は手にしていたクッションと専門書を放り投げて芭蕉先生の背中に飛び付いた。 クッションよりも温かくて芭蕉先生の匂いが私の体中に染み渡るようだ。 「ちょっ…なまえ、さん!」 「先生が私に冷たいから。」 わざと自分の体を芭蕉先生に押し付ければ、芭蕉先生は体を固くする。 窓の外からどこかの部活が練習する声が聞こえたような気がしたけど、ここは芭蕉先生の城。 校庭から一番遠くて孤独な部屋。 たぶん気のせいなんだろうけどそれを確かめるだけの余裕が私には無い。 「なまえさん離れてね…。」 諭すように優しい声をかけてくれるけど私は動かない。 「誰か来たらどうするの?」 「私は構いません。芭蕉先生は私に襲われてるって正直に言えばいいじゃない。」 ゆっくりと芭蕉先生の腰に腕をまわす。 いつの間にか自分の手と手が触れ合っていた。 「…ねぇ先生。私じゃダメなの?」 極力弱々しくならないように声を出したつもりだったけど、その声は情けないものだった。 ごまかすように腕に力を込める。 「君は…まだ若い。それに学生だよ。」 芭蕉先生は“私の職業知ってる?”と言いながら私の手を優しく撫でた。 初めて芭蕉先生から触れられて私の心臓の奥が震える。 「じゃ……芭蕉先生は私のことどう思ってる?」 「その質問には答えられない、かな。」 「じゃあ…じゃあ私の気持ちはどうなるの?」 心臓の音が耳に張り付いて離れない。 苦しくて瞳に涙が溢れている。 「君が…なまえちゃんがこの学校を卒業して、大学生になって…それでも私のことを恋い慕ってくれるなら正直に話すよ。」 「………狡い。」 芭蕉先生の優しさが胸に突き刺さる。 我慢していた涙が頬を零れ落ちていく。 私の言葉を聞いた芭蕉先生は乾いた笑いを零した。 「うん、これじゃ大人の言い訳だね。」 芭蕉先生はそう言うと私の手を取って静かに口付けをした。 口付けを受けた手が私の意識とは関係なく反応してピクリと動く。 「今のが精一杯の私の答えだよ。」 静かに視線を私に送る芭蕉先生と目が合った。 淋しそうで悲しそうなそんな瞳。 「………ね。」 再び諭すような声で私を慰める芭蕉先生。 私は先生の背中に顔を埋めて、今この時間が永遠に続くことを祈った。 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ 言い訳/芭蕉(学パロ) fin 2011.10.28 |