幸せをあなたに

目の前にいる女性にそっと手を伸ばしそのまま胸に抱きしめた。
柔らかくて温かい。
緊張しているのか彼女は声もなく身を固くする。
そんな姿すら愛おしくて無意識のうちに微笑んでいる自分がいた。

「あ、の…ベル、さん。」

弱々しい声が聞こえたがその声を無視して、よりいっそう強く抱きしめる。
今、彼女を手放したらまたいつものように弱気な自分が支配してしまう、そんな気がしたから。

「ベルさん。」

抱きしめている彼女に己の鼓動が伝わっていたらいい、とベルは頭の片隅で考えた。
今にも破裂してしまいそうなこの鼓動を彼女に伝えたい。
こんな自分らしくない行動の裏には、やはり弱気で負け犬のようなことばかり言っているいつものグラハム・ベルのみみっちい心臓があることを…彼女に全てを伝えたかった。

「ベル…」

「なまえ」

壊れた音楽再生機のように何度も繰り返される彼女の声を遮って愛おしい名を呼べば、彼女は続きの台詞を待って口を閉じた。

「……」

「………なまえ」

ベルは次の言葉を紡ごうとするが喉に出かかる言葉たちは何とも惨めで弱々しいものばかり。
自分らしいといえばそこまでだが、ここまでした以上何か彼女の心に響く台詞を言いたかった。

「……っ」

しかしベルの頭に浮かぶのは「ごめん」だとか「人間を辞める」みたいなものばかりだった。
そんな弱い台詞を隠すようにベルはなまえを強く抱きしめなおす。

「…っベル、さん!苦し……よ。」

苦しくて彼女が抵抗を見せてしまうほど。
彼女の姿に胸が痛んだがそれ以上に恋しさが勝って肺の奥が熱くなるような気がした。

「ごめん。でも君が愛おしいんだ。」

ふと口から飛び出した台詞になまえは何度も瞬きを繰り返す。しかし、それ以上にベルの方が驚いたようで、ぎこちなく体を固くした。

「ベルさん」

「あ、いや…うん、なまえ君が…好きだから…………」

ベルは熱くなった肺の中を空気を入れ替えたくて浅く呼吸を繰り返す。

「なまえくんが…好きで………好きに……………」

「べ…」

熱いベルに思わずなまえも応えようと腕を伸ばした瞬間。

「好きになってごめんなさい!」

そう言ってベルはなまえの体を解放して土下座をした。
頭を地面になすりつける姿は先程と同じ男とは思えないほど情けない。
突然自由になったせいで若干バランスを崩したなまえは精一杯己の体のバランスを保ちながら今起こった状況を理解しようと頭をフル回転させる。

「え………えぇーっ!?」

折角途中までかっこよかったのに!となまえは高々とツッコミを入れる。

「いやいや…本当に好きになってすみません。明日からベンチの下で寝ます。」

いつもの弱気で負け犬魂のベルに戻ったベルはただただ頭を地面になすりつける。
ベルの後頭部を眺めながらなまえは先程の熱い抱擁と高鳴る胸の心音を思いだし、小さくため息をついた。

「………なんだかその言い方ベルさんは私を好きになったらいけないみたい、ですよね。」

「そ…それは、なまえは私なんかに愛されても迷惑だろ」

死んだ魚のような目をなまえに向けた後、ベルは俯きながら正座をする。

「私のような出来損ないの男に好意を寄せられたって………」

まだウジウジと言葉を続けようとするベルを遮って、今度はなまえがベルを強く抱きしめた。

「私は、嬉しかったです。ベルさんに抱きしめられて…幸福を感じましたよ?」

だから自信を持ってください、と耳元で囁くとベルの体温が若干高くなる。
そんなベルの体を更に強く引き寄せると、なまえの細い腰にベルも腕をまわした。

「私は今、幸せだ」

頬を真っ赤に染めてニヤニヤと笑うベルを見て、なまえは笑いを零す。

「ふふふ、私もです」

今まで見たことのないような眩しいなまえの笑顔をベルは瞼の裏に焼き付ける。
そして、「お互いの体温を伝え合えるほど強く抱きしめ合えば弱気な気持ちが嘘にかわる。」ベルはその日のノートにそう記した。



















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霜月さんリクエスト
幸せをあなたに/ベル
fin
2011.10.14

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