文化の違い

彼に声をかけたのは異国の文化と人に対する興味と憧れからだった。
そう、見世物の動物ヘ送るような好奇心。

「はろー…まいねぃむいずなまえ。」

慣れない横文字はぶざまな発音で私の口から飛び出した。

「おや、日本人は英語を話せないと伺っていましたが…こうして話せる人もいるのですね。」

男はそう言うとにこりと笑う。

「に、日本語…。」

「えぇ、僕は通訳をするためにきましたから。」

悠長かつ自然な日本語に戸惑いを見せる私に静かに差し出された右手。

「初めまして、Ms,なまえ。僕はヒュースケンです。」

最初この右手がどんな意味なのかわからず、ただ眺めることしか出来なかった。
たったこれだけの会話で私は彼への興味を「異国・異文化への興味」から「一人の男性」への興味と変わった。
そう。
これが私と彼の出会い、そして私が彼に恋をした瞬間。

「おはようございます、なまえさん。」

彼の声はよく通る。
声のする方を振り返っても彼がどこにいるのか一瞬わからないくらい遠くから呼ばれていることがある。
しかし、どんなに遠くから呼ばれても、私は彼の声を聞くことができてしまう。
以前どうしてそんなに声が通るのか聞いたら、彼は困ったように首を捻った後「通訳者だからですかね?」と言っていた。

「ヒュースケンさん、おはようございます。今朝も爽やかな青空ですね。」

歩く足を止め、わざわざこちらへ向かって来てくれる彼を待った。

「えぇ、本当ですね。」

空を仰ぎながら、その青さを改めて実感してくれた彼は私の目の前に立つと、出会ったばかりの時のように右手を差し出す。

「なまえさんは今日もこの青空に負けないほどお綺麗で。」

「ヒュースケンさん…!」

彼はいつもこうやって私を驚かせる。
向こうの国ではこうやって女性に優しい言葉を贈るのが礼儀なのかもしれないが、日本ではそんな風習に慣れていない。
みるみる私の顔は熱くなる。
私がうろたえていると彼はクスクスと笑いながら私の右手を取って強く握った。

「そんな照れないでください。」

右手を重ね挨拶をすることは、彼の国での挨拶だと教えてもらった。
本来は男がひざまづき女の手の甲へ口付けをするとか、お互い抱きしめ合う、破廉恥なことも言っていたが流石にそれは困ると言ったのが昨日のことのように思い出せる。

「だって…」

握りあった手から伝わる彼の体温に胸の奥が締め付けられる。
この手から彼に私の気持ちが伝わってしまわないか不安になるが、伝わる前に離れてしまうのでその心配はなさそうだ。

「なまえさんはこれからどちらへ?」

「父が怪我をしたのでお医者様を呼びに行くところです。」

「そんな忙しいときに呼び止めてしまい申し訳ない!」

「いいえ、たいした怪我じゃないので、気になさらないでください。ヒュースケンさんは何をなさろうとしていたのですか?」

「僕は…貴女に時間があるようだったら桜を見に行かないかと誘いたかったのですが。」

「まあ…。」

彼の一言に胸の奥が締め付けられているような錯覚に陥る。
俯いて頭をかく彼の表情がどこと無く残念がっているように見えて胸の疼きが益々大きくなった。

「せっかくお誘いいただいたのに…すみません。」

私がそう言うと彼は微笑んだ。

「いえ、桜はまだ咲いています。まだなまえさんを誘うチャンスはまだまだあるので…改めてお誘いさせていただきます。」

その笑顔に比例するように私の頬が燃えるように熱くなる。
私は慌てて赤くあろう頬を隠すように手で頬を押さえた。

「なまえさんは本当に照れ屋さんなんですね。」

私の動作が可笑しいのかクスクスと声を出して笑う彼を睨むと、彼は私の手を取って手の甲に口付ける。

「ヒュ、ヒュースケンさん…!」

「貴女と共に見られる桜を楽しみにしています。」

彼はそういうと軽く会釈をして立ち去った。
頭の中が真っ白になってしまった私はただただ彼の背中を眺めることしか出来なかった。


















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文化の違い/ヒュースケン
fin
2011.04.04

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