我が儘 「触らないでください。」 静かな部屋になまえの声が広がる。 その声を聞いて、伸ばされていた手がとまった。 今にも泣き出しそうな表情をしたなまえは芭蕉に背を向ける。 「なまえちゃん。」 「これ以上…近づかないでください……。」 頭を鈍器で殴られたような衝撃。 芭蕉には一瞬何が起こったのか理解することが出来なかった。 なまえに拒否された心の痛みと彼女に触れたい衝動が、揺れる頭の中で交差したが、結局己の欲望に負け、芭蕉は空中でとまっていた腕をのばし、なまえを強く胸にしまい込んだ。 「やっ…!」 抵抗するように腕の中のなまえが体を捻るが、芭蕉はそれを許さず強く抱きしめる。 「ごめんね、私には我慢できないよ…。」 耳元で囁けば腕に抱いたなまえの肩が跳ねた。 大袈裟な反応に芭蕉は困ったように笑う。 「なまえちゃんはそんなに私のことが嫌いだったのかな?」 「違う…。」 「じゃあ、何故?」 「……。」 何故?と問う芭蕉だったが、その答えを聞くのが怖くて、無意識のうちに抱いた腕に力を込めている。 苦しいほどの抱擁はなまえの双眼に涙を齎した。 「違う…違うの。」 搾り出すように出てきたなまえの声は震え、掠れている。 声が聞こえてきたのと同時に抱きしめている腕に、なまえの手が回された。その手すら震えている。 「なまえちゃん?」 驚いて腕の力を抜きその表情を確かめようとすると、今度はなまえの方からこちらに飛び込んできた。 慌てて彼女を受け止めるが、芭蕉の体格では受け止めきれず、なまえに押し倒される体制となってしまった。 「これ以上…芭蕉さんを好きになってはいけないから、貴方の重荷にはなりたくないから…。」 「そんな…。」 苦しそうに吐き出した台詞に、芭蕉の胸まで潰れてしまいそうだった。 「私みたいな小娘が…貴方の側にいるなんて、許されないもの。」 己に言い聞かせるようにゆっくりと呟いたなまえはそこまで言うと、堪えきれなくなったのか鳴咽を漏らす。 「それ、なのに…わたしっは芭蕉さんのことが…どんどん好きになる。」 ごめんなさい、と消えるほど小さな声が芭蕉の耳に届く。 芭蕉は震えるなまえを抱きしめて、ゆっくりと体を起こした。 「そんな…謝らないで。」 涙で濡れた瞳に優しく口付けを落とし、芭蕉は目を細めながら囁いた。 「私にはなまえちゃんが必要だから、もっともっと好きになってもらいたいよ。」 「本来なら君みたいに若い娘を、私みたいなおじさんが引き止めるなんてしてはいけないんだろうね。」 クスクスと笑いながらなまえの小さな体を引き寄せる。 今度は暴れず胸の中に収まった。 「でも私はなまえちゃんに触れていたい、側に置いておきたい。なまえちゃんと…一緒にいたい。」 変かな?とおどけたように笑って見せると、なまえは驚いたように目を見開いていた。 そんななまえに芭蕉はふわりと微笑んだ。 「だって、私には…君が必要だから。」 思考が追い付かないなまえの頬を優しく撫でながら、溢れてくる涙を拭う。 「…駄目かな。」 芭蕉の言葉になまえは二度首を横に振る。 そして、ようやく普段のような眩しい笑顔を見せた。 「私も…芭蕉さんと一緒にいたい、です。」 喜びの涙が止まらなくなったなまえは溢れ出る涙を何度も拭う。 それを見て芭蕉は胸が熱くなる。そして、沸き上がる熱に浮されるように、なまえの手を退かし目元に何度も口付けをした。 塩辛い涙が唇を濡らす。 最初なまえは驚いていたようだったが、静かに瞼を閉じて降り注ぐ口付けを受け止めた。 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ なずなさんリクエスト 我が儘/芭蕉 fin 2011.03.04 |